2003年 第5回 オーストラリア大会
Martin Johnson
ワールドカップの賜杯は、第5回にして遂に盟主イングランドの頭上に掲げられた。
当初、初回同様にオーストラリアとニュージーランドの共催となる予定であったが、権利問題で折り合いがつかず、豪州の単独開催となった。結果として、前回のウェールズ大会と比べてトータルの会場キャパシティは小さくなってしまった。
決勝はディフェンディング・チャンピオンでありホスト国であるオーストラリアと、ラグビー発祥の地であるイングランド。一進一退の攻防はロースコアのまま延長戦にもつれこむが、最後は英ジョニー・ウィルキンソンのドロップゴールにより勝敗は決した。
これは北半球勢による初優勝。ウェブ・エリス杯はようやく、生まれ故郷である英国の地を踏むこととなった。
今大会予選参加国は拡大を続けて81ヶ国。本戦参加国は前回同様の20ヶ国だが、5プールx4ヶ国であったものから、4プールx5ヶ国となった。そのためか予選プールでは今まで以上に強豪国との差が開くゲームが目立つようにもなり、ラグビーの世界規模での普及と強化のバランスという構造的な問題が改めて浮き彫りになる大会となった。
| 順位 | ||
|---|---|---|
| ●優勝 | ||
| ●準優勝 | ||
| ●3位 | ||
| 得点ランキング | ||
|---|---|---|
| 1 | 113 | |
| 2 | 103 | |
| 3 | 100 | |
| 4 | 75 | |
| 5 | 71 | |
| トライランキング | ||
|---|---|---|
| 1 | 7 | |
| 1 | 7 | |
| 3 | 6 | |
| 4 | 5 | |
| 4 | 5 | |
| 4 | 5 | |
| 4 | 5 | |
| 4 | 5 | |
ジョニーのブーツに魔法をかけたもの
その両脚から繰り出される正確無比なキックで大会前から最注目選手の1人だった、イングランドの司令塔ジョニー・ウィルキンソン (Jonny Wilkinson)。端正なルックスも手伝って英国の上流階級ではベッカムを凌ぐ人気で、両者を同時に起用したアディダスのCMは大きな話題になった。
キックの前に祈りをささげるように両手を握り合わせて集中する独特な姿を、英国国民は誇りを持って仰ぎ見る。
彼が本格的に頭角をあらわしてきたのは2001年のシックス・ネイションズ頃だが、1999年の第4回大会で既に若干20歳にして出場を果たしている。ここでは4試合で1つのトライを含めた69得点をあげる活躍を見せるが、準々決勝の南アフリカとの大一番では経験不足からリザーブにまわる。この試合で彼は、南アフリカのフライハーフ、デヴィア (Jannie de Beer) の放つ5本のペナルティゴール、2本のコンバージョン、そして5本ものドロップゴールに粉砕されるチームをベンチで見せつけられた。終盤にフィールドへ立つが、既に試合の趨勢は決した後。彼の胸中は、どのようなものであっただろうか。
それから4年後、押しも押されぬチームの支柱に成長した彼は、大会を通じて最多となる113得点を挙げ母国を優勝へと導いた。ペナルティゴール23本、コンバージョン10本、ドロップゴール8本。トライを取らないイングランドのラグビーは「退屈」とファンから揶揄されたが、その勝利は紛れもなく彼のキックがもたらしたものだった。
決勝戦、延長19分過ぎ、決勝のドロップゴールを放った魔法の右脚。
それは1999年の敗戦からの、長い長い助走の末にあったのかもしれない。
ベン・ダーウィンの悲劇
ニュージーランド対オーストラリアの、宿敵同士が火花を散らす準決勝。オールブラックスは常の如く優勝候補筆頭と目され、その多彩なバックス陣はトライランキング上位3傑を独占するに至っていた。リッチー・マコウやダン・カーターらの若い力も台頭し、戦力は充実の一途であったが、「味方をも欺くトリックスター」カルロス・スペンサー (Carlos Spencer) のリスキーなパスをワラビーズのスターリン・モートロック (Stirling Mortlock) がインターセプトしてトライ。またしても悲劇は、オールブラックスの頭上に降りた。
しかしこの試合、もうひとつの、より深刻な悲劇がオーストラリア・ワラビーズを襲っている。
プロップのベン・ダーウィン (Ben Darwin) がスクラム中に頚椎を痛め、選手生命を絶たれてしまったのだ。
「格闘技」とも言われるラグビーの危険な側面が露呈された形だが、実際のところ、彼の置かれた状況は生命すら危ういものだったようだ。スクラムの中で異変を察知したニュージーランドのプロップ、キース・ミュース (Kees Meeuws) が、対戦相手を守るためにスクラムを停止させる方向へ力を働かせなければ、ダーウィンの怪我は「よくて全身麻痺」という更に深刻なものになっていた可能性が高いという。
後日ダーウィンは、キースのフェアプレーと、迅速に適切な処置をしてくれた医療スタッフに謝辞を述べている。
ワールドカップの準決勝、しかもスクラム中という極度の興奮状態にあって、異常を感じて即座に敵に「勝つ」方向ではなく「守る」方へ膂力を向けたキースの判断は、ラグビーが「スポーツ」たりえることを示してくれた。
両チームを暗い悲劇が襲う中、彼のこの行動は小さな、しかし眩しい光として関係者を救ってくれた。
選手としての道を絶たれたダーウィンは、現在(2009年12月)は日本で、NTTコミュニケーションズ ラグビー部のアシスタントコーチとして活躍している。
ところで、この悲劇が起こった時、観客席で凍りついたダーウィン夫人の手を取り、夫のもとに連れて行ったのがHOキャノンの夫人。かつてキャノンも交通事故で首に重傷を負っている。当時「夫たち同士以上に仲がいい」と言われたワラビーズの妻たちの結束を表すエピソードとして現地でも報道された。
Group-A
| チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | BP | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 0 | 0 | 273 | 32 | 2 | 18 | |
| 3 | 0 | 1 | 141 | 56 | 3 | 15 | |
| 2 | 0 | 2 | 140 | 57 | 3 | 11 | |
| 1 | 0 | 3 | 65 | 192 | 1 | 5 | |
| 0 | 0 | 4 | 28 | 310 | 0 | 0 |
| 2003-10-10 | オーストラリア |
24 | - | 8 | |
| 2003-10-11 | アイルランド |
45 | - | 17 | |
| 2003-10-14 | アルゼンチン |
67 | - | 14 | |
| 2003-10-18 | オーストラリア |
90 | - | 8 | |
| 2003-10-19 | アイルランド |
64 | - | 7 | |
| 2003-10-22 | アルゼンチン |
50 | - | 3 | |
| 2003-10-25 | オーストラリア |
142 | - | 0 | |
| 2003-10-26 | アルゼンチン |
15 | - | 16 | |
| 2003-10-30 | ナミビア |
7 | - | 37 | |
| 2003-11-01 | オーストラリア |
17 | - | 16 |
Group-B
| チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | BP | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 0 | 0 | 204 | 70 | 4 | 20 | |
| 3 | 0 | 1 | 102 | 97 | 2 | 14 | |
| 2 | 0 | 2 | 98 | 114 | 2 | 10 | |
| 1 | 0 | 3 | 86 | 125 | 2 | 6 | |
| 0 | 0 | 4 | 79 | 163 | 0 | 0 |
| 2003-10-11 | フランス |
61 | - | 18 | |
| 2003-10-11 | スコットランド |
32 | - | 11 | |
| 2003-10-15 | フィジー |
19 | - | 18 | |
| 2003-10-18 | フランス |
51 | - | 29 | |
| 2003-10-20 | スコットランド |
39 | - | 15 | |
| 2003-10-23 | フィジー |
41 | - | 13 | |
| 2003-10-25 | フランス |
51 | - | 9 | |
| 2003-10-27 | 日本 |
26 | - | 39 | |
| 2003-10-31 | フランス |
41 | - | 14 | |
| 2003-11-01 | スコットランド |
22 | - | 20 |
Group-C
| チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | BP | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 0 | 0 | 255 | 47 | 3 | 19 | |
| 3 | 0 | 1 | 184 | 60 | 3 | 15 | |
| 2 | 0 | 2 | 138 | 117 | 2 | 10 | |
| 1 | 0 | 3 | 56 | 255 | 0 | 4 | |
| 0 | 0 | 4 | 46 | 200 | 0 | 0 |
| 2003-10-11 | 南アフリカ共和国 |
72 | - | 6 | |
| 2003-10-12 | イングランド |
84 | - | 6 | |
| 2003-10-15 | サモア |
60 | - | 13 | |
| 2003-10-18 | 南アフリカ共和国 |
6 | - | 25 | |
| 2003-10-19 | グルジア |
9 | - | 46 | |
| 2003-10-24 | 南アフリカ共和国 |
46 | - | 19 | |
| 2003-10-26 | イングランド |
35 | - | 22 | |
| 2003-10-28 | グルジア |
12 | - | 24 | |
| 2003-11-01 | 南アフリカ共和国 |
60 | - | 10 | |
| 2003-11-02 | イングランド |
111 | - | 13 |
Group-D
| チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | BP | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 0 | 0 | 282 | 57 | 4 | 20 | |
| 3 | 0 | 1 | 132 | 98 | 2 | 14 | |
| 2 | 0 | 2 | 77 | 123 | 0 | 8 | |
| 1 | 0 | 3 | 54 | 135 | 1 | 5 | |
| 0 | 0 | 4 | 46 | 178 | 1 | 1 |
| 2003-10-11 | ニュージーランド |
70 | - | 7 | |
| 2003-10-12 | ウェールズ |
41 | - | 10 | |
| 2003-10-15 | イタリア |
36 | - | 12 | |
| 2003-10-17 | ニュージーランド |
68 | - | 6 | |
| 2003-10-19 | ウェールズ |
27 | - | 20 | |
| 2003-10-21 | イタリア |
19 | - | 14 | |
| 2003-10-24 | ニュージーランド |
91 | - | 7 | |
| 2003-10-25 | イタリア |
15 | - | 27 | |
| 2003-10-29 | カナダ |
24 | - | 7 | |
| 2003-11-02 | ニュージーランド |
53 | - | 37 |
準々決勝
| 2003-11-08 | ニュージーランド |
29 | - | 9 | |
| 2003-11-08 | オーストラリア |
33 | - | 16 | |
| 2003-11-09 | フランス |
43 | - | 21 | |
| 2003-11-09 | イングランド |
28 | - | 17 |
準決勝
| 2003-11-15 | ニュージーランド |
10 | - | 22 | |
| 2003-11-16 | フランス |
7 | - | 24 |
3位決定戦
| 2003-11-20 | ニュージーランド |
40 | - | 13 |
決勝
| 2003-11-22 | オーストラリア |
17 | - | 20 |









