1991年 第2回 イングランド大会
Nick Farr-Jones
第2回ワールドカップは、初回の興行的成功を受けてIRBが運営に乗り出したはじめての大会でもある。
イングランド、アイルランド、ウェールズ、スコットランド、フランスの、いわゆる北半球ファイブ・ネイションズがホストをつとめた一大イベントであったが、ここでは便宜上「イングランド大会」としておきたい。(IRB宗主国としてリードをとり、決勝戦が行われたのもイングランドのTwickenhamであった)
本大会ではエリア別の予選も行われ、32のチームがシードされていない8つの椅子を争って戦った。本戦へは前回同様16ヶ国が出場。その頂点に立ったのは、南半球のオーストラリア・ワラビーズであった。
準々決勝ではアイルランドとの歴史に残る大激戦を最後の1分での逆転で制すると、準決勝ではその勢いで優勝候補の大本命であったニュージーランドを下し、オールブラックス連覇の夢を砕く。決勝では地元イングランドを退け、見事に初優勝を勝ち取った。
大会の序盤を沸かせたのは、第1回大会で招待から漏れた西サモア(現サモア)。緒戦でIRBオリジナルの一角・ウェールズを撃破し、今大会で優勝するオーストラリアにも肉迫。見事にウェールズを蹴落として予選リーグを突破し、前回大会に出場できなかった鬱憤を晴らした。
日本は、ジンバブエを大会最多の9トライを奪う猛攻で下し、はじめての(そして現時点では最後の)ワールドカップにおける勝利を飾っている。
| 順位 | ||
|---|---|---|
| ●優勝 | ||
| ●準優勝 | ||
| ●3位 | ||
| 得点ランキング | ||
|---|---|---|
| 1 | 68 | |
| 2 | 66 | |
| 3 | 61 | |
| 4 | 56 | |
| 5 | 43 | |
| トライランキング | ||
|---|---|---|
| 1 | 6 | |
| 1 | 6 | |
| 3 | 4 | |
| 3 | 4 | |
| 3 | 4 | |
| 3 | 4 | |
準々決勝の逆転劇
この大会が「最高のワールドカップ」と呼ばれる機会が多いのは、その試合内容の質の高さに拠るところが大きい。
特に準々決勝でのオーストラリアとアイルランドの一戦は、果敢に展開ラグビーを広げる両チームの、逆転に次ぐ逆転となる最高のゲームとなった。
残り5分、15-12でオーストラリアのリード。アイルランドは自陣ゴールラインから繋ぎ、ウイング Jack Clarke からのパスを受けたフランカー Gordon Hamilton がゴール左隅に飛び込み、15-16と逆転する(当時のトライは4ポイント)。コンバージョンも決まり、その差は3点。勝利を確信したDublinの5万人の観衆は、大歓声をあげる。
しかし、負傷交代のNick Farr-Jonesに代わりキャプテンを務めるMichael Lynaghはチームを集めると、静かに、冷静に、次のプレーを指示したという。
残り1分。オーストラリアはゴール前のスクラムから右へ右へと展開し、最後はそのMichael Lynaghが、再逆転のトライを決める。
一転して水を打ったように静まりかえるフィールドに、ワラビーズの雄たけびだけがこだました。
想定外の決勝戦
決勝に進んだのはオーストラリアと、地元・イングランド。
イングランドのプレースタイルは、当時も変わらず「世界一つまらない」と揶揄される、フォワードでゴリ押しする「10-manラグビー」であった。
ところがこの試合では一転し、大きく展開し、パスを繋ぐプレースタイルを試みる。これはオーストラリアのDavid Campeseによるメディアを通じた挑発に乗ったのだとも、注目の決勝戦での世界中の観衆と、スタジアムを訪れたエリザベス女王の眼を気にしてのことだとも言われる。
いずれにしろ、自分たちのプレースタイルを崩した付け焼刃の戦法は、勢いに乗るオーストラリアには通じなかった。
フルタイムを過ぎての最終プレー。興奮したオーストラリアのコーチBob Dwyerは、女王陛下や政府高官の座る席のすぐ傍で “Kick it to the sh*thouse! (ボールをxxxxxに蹴りだせ!)” と叫んだという。
Pool-A
| チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 0 | 0 | 95 | 39 | 9 | |
| 2 | 0 | 1 | 85 | 33 | 7 | |
| 1 | 0 | 2 | 57 | 76 | 5 | |
| 0 | 0 | 3 | 24 | 113 | 3 |
| 1991-10-03 | イングランド |
12 | - | 18 | |
| 1991-10-05 | イタリア |
30 | - | 9 | |
| 1991-10-08 | ニュージーランド |
46 | - | 6 | |
| 1991-10-08 | イングランド |
36 | - | 6 | |
| 1991-10-11 | イングランド |
37 | - | 9 | |
| 1991-10-13 | イタリア |
21 | - | 31 |
Pool-B
| チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 0 | 0 | 122 | 36 | 9 | |
| 2 | 0 | 1 | 102 | 51 | 7 | |
| 1 | 0 | 2 | 77 | 87 | 5 | |
| 0 | 0 | 3 | 31 | 158 | 3 |
| 1991-10-05 | スコットランド |
47 | - | 9 | |
| 1991-10-06 | アイルランド |
55 | - | 11 | |
| 1991-10-09 | アイルランド |
32 | - | 16 | |
| 1991-10-09 | スコットランド |
51 | - | 12 | |
| 1991-10-12 | スコットランド |
24 | - | 15 | |
| 1991-10-14 | 日本 |
52 | - | 8 |
Pool-C
| チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 0 | 0 | 79 | 25 | 9 | |
| 2 | 0 | 1 | 54 | 34 | 7 | |
| 1 | 0 | 2 | 32 | 61 | 5 | |
| 0 | 0 | 3 | 38 | 83 | 3 |
| 1991-10-04 | アルゼンチン |
19 | - | 32 | |
| 1991-10-06 | ウェールズ |
13 | - | 16 | |
| 1991-10-09 | オーストラリア |
9 | - | 3 | |
| 1991-10-09 | ウェールズ |
16 | - | 7 | |
| 1991-10-12 | ウェールズ |
3 | - | 38 | |
| 1991-10-13 | アルゼンチン |
12 | - | 35 |
Pool-D
| チーム | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 0 | 0 | 82 | 25 | 9 | |
| 2 | 0 | 1 | 45 | 33 | 7 | |
| 1 | 0 | 2 | 31 | 64 | 5 | |
| 0 | 0 | 3 | 27 | 63 | 3 |
| 1991-10-04 | フランス |
30 | - | 3 | |
| 1991-10-05 | カナダ |
13 | - | 3 | |
| 1991-10-08 | フランス |
33 | - | 9 | |
| 1991-10-09 | カナダ |
19 | - | 11 | |
| 1991-10-12 | フィジー |
15 | - | 17 | |
| 1991-10-13 | フランス |
19 | - | 13 |
準々決勝
| 1991-10-19 | フランス |
10 | - | 19 | |
| 1991-10-19 | スコットランド |
28 | - | 6 | |
| 1991-10-20 | アイルランド |
18 | - | 19 | |
| 1991-10-20 | カナダ |
13 | - | 29 |
準決勝
| 1991-10-26 | スコットランド |
6 | - | 9 | |
| 1991-10-27 | オーストラリア |
16 | - | 6 |
3位決定戦
| 1991-10-30 | ニュージーランド |
13 | - | 6 |
決勝
| 1991-11-02 | オーストラリア |
12 | - | 6 |









