NZとアパルトヘイト(3/3): 傲慢な騎士たちの憂鬱
“The Springboks Tour“から4年後にあたる85年、ニュージーランドラグビー協会はオールブラックスの南アフリカ共和国遠征を計画する。しかしこれは、反アパルトヘイト派の弁護士による協会憲章に矛盾するとの訴えを受け、法廷闘争となった。結果として高等裁判所はツアーの中止命令を出し、計画はキャンセルされた。
ところが一部のマネージャー達は、この「興行」をあきらめなかった。翌年、企業と提携して遠征費を作り、ラグビー協会とは別の「あくまでプライベートな催し」として、南ア遠征を決行してしまう。便宜上「キャバリアーズ」(The Cavaliers)と名づけられたチームは、しかし実質的には「オールブラックス」であった。 (続きを読む…)
NZとアパルトヘイト(2/3): 晴れ、ときどき小麦粉
前回の「黒いユニオン・ジャック」で、背景にある大まかな流れを見てきた。今回は、そんな不穏な空気の下で行われた1981年のスプリングボックスによるニュージーランドツアーの様子を振り返りたい。
五輪をボイコットしたアフリカ諸国や、HARTなど国内の反アパルトヘイト活動家達の突き上げも厳しさを増す中、南アフリカ代表・スプリングボックスによるニュージーランド遠征が企画される。ニュージーランド政府は「政治とスポーツを混同すべきではない」というポリシーの下に、またしてもこれを了承。当然ながら大論争が巻き起こった。 (続きを読む…)
NZとアパルトヘイト(1/3): 黒いユニオン・ジャック
映画「インビクタス」に関する話題を未だに目にすることがある。アパルトヘイト撤廃後の民族融和という偉大なテーマが描かれている。スプリングボックス(南アフリカ・ラグビー代表)が数々の苦難を乗り越え、ワールドカップの賜杯を掴む最後の強敵として立ち塞がるのが、ニュージーランド・オールブラックスである。
この大会に於いてもスプリングボックスとオールブラックスは「スージー事件」など幾つかの因縁を作るが、両国のアパルトヘイトを巡る関係は更に深く、入り組んだものになっている。今回は、あの95年に到る長い苦難の道の一部を、ニュージーランド側の視点から少し見てみたい。 (続きを読む…)









