ドワイヤーの強化方針の根底は、個々の優れた選手たちの能力の総和が、チームとしての総合力を高めるというものだった。1+1を3にするのではなく、それぞれが2になり3になれば、自然と合計値は大きくなるという計算である。
そのために、ドワイヤーは強化対象選手を就任早々に45名に絞った。最終的にワールドカップへ登録できるメンバーは36名。彼らには徹底的なフィジカル強化と、基礎スキルの向上が課される。
選ばれし精鋭を鍛え上げることが、ドワイヤーの選んだ方法であった。 (続きを読む…)
4月 15, 2011 | Categories: 歴史 | Tags: 7%の紙一重, ワラビーズ | Leave A Comment »
1991年に行われた第2回ラグビーワールドカップの栄冠は、オーストラリアの頭上に輝いた。
アイルランドとの歴史に残る死闘を制し、前回王者オールブラックスを斃し、ホスト国イングランドを下しての堂々たる優勝である。
晴れやかな顔でエリス杯を掲げるファージョーンズに拍手を贈るボブ・ドワイヤーは、万感の想いでここまでの道のりを振り返っていた。一歩一歩積み上げてきた、3年半の途を。 (続きを読む…)
4月 14, 2011 | Categories: 歴史 | Tags: 7%の紙一重, ワラビーズ | Leave A Comment »
ニュージーランド代表、オールブラックスの胸に描かれている、シダのマークをご存知だろうか。
「シルヴァー・ファーン」
銀色のシダを意味し、マオリ語では「ポンガ」もしくは「カポンガ」と呼ぶ。
あまりにも有名な、ニュージーランドを象徴するこのマークについて、ちょっとしたトリビアを並べてみたい。 (続きを読む…)
3月 07, 2011 | Categories: ラグビーその他, 歴史 | Tags: オールブラックス, ニュージーランド | Leave A Comment »
皆さんご存知のように、2月22日にニュージーランド・クライストチャーチで大地震が発生しました。
地震発生以来、TwitterやFacebookなどは沢山の現地情報と、現地の方々の無事を祈る声で埋め尽くされました。そんな中で “Kia Kaha” というフレーズを目にされた方も多いのではないでしょうか。
端的には「頑張れ」という意味で使われるこの言葉。しかしここには様々なニュアンスが込められています。 (続きを読む…)
2月 24, 2011 | Categories: ラグビーその他 | Tags: ニュージーランド | Leave A Comment »
試合終了間際にローリー・アンダーウッドがトライを決める。そしてロブ・アンドリューのコンバージョンが決まると同時に、長かった試合は終わりを告げられた。
それと同時に、興奮した観客がフィールドへ続々と降りてくる。この試合で歴史に深く名を刻むことになった男を少しでも間近に見、手を触れ、空気を感じようと、群集はジョナ・ロムーを取り囲んだ。
そんな彼らの祝福をかきわけながら通路へ進むジョナは、トニー・アンダーウッドが近づいてくるのを目の端に捉えた。 (続きを読む…)
2月 08, 2011 | Categories: 歴史 | Tags: イングランド, オールブラックス, ワールドカップ1995年, 黒の怪物と白の両翼 | 5 Comments »
ロブ・アンドリューのドロップキックがバーの間を通過した瞬間、トニー・アンダーウッドはワールドカップ優勝を果たしたかのような喜びに包まれた。
彼だけではない。イングランド代表の選手全員、いや、全てのイングランドファンが、優勝を確信するかのように飛び跳ね、抱き合い、ガッツポーズを繰り返した。
準々決勝のオーストラリア戦である。
22-22の同点で、試合時間は80分を過ぎインジュアリ・タイムへ。延長戦に入る直前の、まさにラストプレーであった。 (続きを読む…)
2月 07, 2011 | Categories: 歴史 | Tags: イングランド, オールブラックス, ワールドカップ1995年, 黒の怪物と白の両翼 | Leave A Comment »
オールブラックスとイングランドが最後に対戦したのは、1993年だった。その試合でニュージーランドは、イングランドに対して10年ぶりとなる敗北を喫している。
当時まだ18歳。当然代表入りしていなかったジョナは、テレビでこの試合を観ていたことを思い出す。あの時、既に将来オールブラックスに入ることを確信していた彼は、自分が共に闘っているような気持ちで画面に食い入っていた。
試合終了時の、選手たちの悔しく哀しそうな貌。今は良き先輩であり仲間である彼らの、あの時の表情を今でもハッキリと思い浮かべることが出来る。 (続きを読む…)
2月 03, 2011 | Categories: 歴史 | Tags: イングランド, オールブラックス, ワールドカップ1995年, 黒の怪物と白の両翼 | Leave A Comment »
ジョナ・ロムーの名をラグビー史に決定的に刻むことになるイングランドとの準決勝戦の朝。ケープタウンの街が薄明かりに包まれるのを、ジョナはカーテンの隙間からぼんやりと眺めていた。
その夜、ジョナはほとんど寝ていなかった。眠れなかったのだ。
彼はその巨体を、出来るだけ音をたてないようにしながらベッドから抜き、隣のベッドに眠るフランク・バンスを起こさないよう、そっと廊下に出る。特に目的があるわけではなかった。ただ、ウロウロと徘徊する。 (続きを読む…)
2月 02, 2011 | Categories: 歴史 | Tags: イングランド, オールブラックス, ワールドカップ1995年, 黒の怪物と白の両翼 | 2 Comments »
1995年に南アフリカで行われた、第3回ワールドカップ。優勝したのは、開催国のスプリングボックスであった。表彰式は人種隔離政策撤廃後の民族融和を象徴するものとして、単なるスポーツイベントを超えた感動を世の人々に与えた。
しかし、ラグビーファンにこの大会の主役を尋ねれば、殆どの人が挙げるのは決勝で敗れたオールブラックスの怪物『ジョナ・ロムー』の名前であろう。
特に彼の名を世界に知らしめたのは、準決勝戦。その最初の2分間で、イングランドが誇る両翼はズタズタに粉砕された。 (続きを読む…)
2月 01, 2011 | Categories: 歴史 | Tags: イングランド, オールブラックス, ワールドカップ1995年, 黒の怪物と白の両翼 | Leave A Comment »
紆余曲折を経てようやく開かれたラグビー・ワールドカップへの扉。
その先にあったのは、オセアニア勢が期待したような薔薇色の未来だったのだろうか。あるいは、ホームネイションズが危惧したような、金銭的欲求に堕した失楽園であったのだろうか。
ここでは最後に、ワールドカップがもたらしたラグビー界の変化を、功罪両面で確認しておきたい。いささか情緒的になりすぎている部分もあるかと思われるが、ご容赦いただければ。 (続きを読む…)
1月 27, 2011 | Categories: 歴史 | Tags: IRB, W杯誕生物語, ワールドカップ1987年 | Leave A Comment »
ラグビーワールドカップは、それを熱望するオセアニア勢と、アマチュアリズムを守りたいホーム・ネイションズとのせめぎ合いから、膠着状態になっていた。
幾たびも繰り返される提案は、ほとんど議論されることもなく却下される。遂にはIRBによる「国際トーナメント禁止令」が発せられるまでに至り、ワールドカップの実現は永遠に絶望かとも思われた。
しかし100年以上にわたり微動だにしなかった山を動かしたのは、意外な方向からの槌の一撃であった。 (続きを読む…)
12月 30, 2010 | Categories: 歴史 | Tags: IRB, W杯誕生物語, ワールドカップ1987年 | 2 Comments »
「アマチュア精神」はラグビー界において長い間、その精神性を示す拠り所となる概念であった。IRBが懸念した通り、ワールドカップ開催によりプロ化への流れは加速し、第3回大会後の1995年には固く閉ざされていた門戸が開かれることとなる。
では、ラグビー界が「プロ化」によって失ってしまったものは何であったのだろう。そもそも「アマチュア精神」とは何なのであろうか。
今回はアマチュア精神が何故ラグビー界で重要視されてきたのか、その根幹となった考え方を確認しておきたい。 (続きを読む…)
12月 29, 2010 | Categories: 歴史 | Tags: IRB, W杯誕生物語, ワールドカップ1987年 | Leave A Comment »
ワールドカップ・イヤーとなる2011年まで、あと僅か。次で第7回大会ということになるが、「え、まだ7回?」という反応をしてしまう日本人は多いのではないだろうか。
そう。スポーツとしてはサッカーよりも長い歴史を持つラグビーであるが、いわゆる「ワールドカップ」が始まったのは1987年と、つい最近のことである。
ラグビーの最初のテストマッチが行われてから、実に116年。その時既にサッカーワールドカップは半世紀以上の歴史を刻んでいた。何故、ラグビーワールドカップの誕生には、これほどの時間がかかったのだろうか。 (続きを読む…)
12月 28, 2010 | Categories: 歴史 | Tags: IRB, W杯誕生物語, ワールドカップ1987年 | Leave A Comment »
2011年ラグビーワールドカップ予選、最後の枠はルーマニア・オークスが勝ち取りました。
オークスはウルグアイで行われた第1ラウンドを21-21の引き分けとしましたが、ホームで行われた第2ラウンドを39-12で見事に勝利。トータル60-33で、ワールドカップへの切符を手にしました。
これでルーマニアはワールドカップ全大会出場を死守。敗れたウルグアイは2007年に続き、最後の最後で涙を飲むことになりました。 (続きを読む…)
11月 29, 2010 | Categories: 2011年大会 | Tags: ウルグアイ, ルーマニア | 2 Comments »
2011年W杯最後の椅子を賭けたウルグアイとルーマニアによるプレーオフ決勝第1ラウンドが、まずはウルグアイ・モンテビデオで現地時間13日に行われました。
試合は素晴らしい熱戦となり、結局21-21の引き分けに。前半を5-14で折り返しながら勝機を逃したルーマニアと、ホームゲームでありながら勝利できなかったウルグアイ。この結果はどちらにとっても、悔しいものであったかもしれません。
2週間後にルーマニア・ブカレストで行われる最終戦が、本当に最後の決戦になります。 (続きを読む…)
11月 17, 2010 | Categories: 2011年大会 | Tags: ウルグアイ, ルーマニア | 6 Comments »