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SCOTLAND

ラグビー スコットランド代表

世界ランキング10位 (2012-01-30)
ウェブサイトhttp://www.scottishrugby.org/
代表監督Andy Robinson
世界ランキング (2012-01-30)
7 ARG80.28
8 WAL79.61
9 TGA76.63
10 SCO76.20
11 SAM75.81
12 ITA73.99
13 CAN72.92
 

ラグビー母国である「ホームネイション」の一角であるスコットランドは、ラグビー史上初のテストマッチを戦ったとされる最古豪国のひとつ。

ワールドカップでもプール戦で敗退したことはなく、安定した強さを保ち続けている。しかし逆に大物食いで躍進するようなこともあまりなく、IRBオリジナルで最も目立たない国であるかもしれない。

国旗よりもかなり色合いの強い濃紺のユニフォームを身に纏う代表は、伝統的に小柄で細身の選手が多い。それでも隣国イングランドの重量フォワードにも当たり負けしない鋼の身体で、攻守にバランスのとれた小気味の良いラグビーを展開する。

「初の国際試合」とされる1871年のイングランド戦に勝利して以来、イングランドとは “Auld Enemy”(スコットランド語で「旧敵」)と呼ぶ強いライバル関係となる。79年からは両国間の対戦で「カルカッタ・カップ」が賭けられ、ファンも特に熱の入る対戦となる。

アザミの花

ラグビー協会の紋章はアザミの花を象ったもので、試合前に歌うのも国民的愛唱歌である「フラワー・オブ・スコットランド」、つまり「アザミの花」である。

スコットランドではアザミを国の守り神とする伝説がある。かつてデンマーク人(主にバイキング)が夜襲をかけてくる際に、裸足の彼らが鋭いアザミを踏んで発した叫び声が危機を知らせたというものだ。そこから、スコットランドラグビー協会は設立当初よりこの花をエンブレムに刻んでいる。

歌の方は少し歴史が浅く、ラグビーで定常的に奏でられるようになったのは1990年から。それまでは英国国歌である “God Save the Queen” であったが、複雑な政治的背景やライバル国への国民感情から、いつしかスコットランドファンからブーイングが起きるようになっていた。この状況下では両国間の緊張を高めると判断され、スコットランドラグビー協会の主導で新たな歌が探されることとなった。

この時に想起されたのが、1974年のブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズツアーであった。南アフリカ遠征に勝利した際に、スコットランド人ウイング Billy Steele がチームの勝利を祝って当時国内で流行っていた「Flower of Scotland」を歌う様子がTVで放映されたのだ。それ以来同曲はスコットランドのラグビーファンに凱歌として愛唱されてきていた。この歌がここで筆頭候補に挙げられたのは自然な成り行きであったと言えよう。

はじめてこの曲が使われた90年のファイブネイションズを、スコットランドはグランドスラムで飾った。

1987年 第1回 ニュージーランド&オーストラリア大会

史上初のワールドカップは、スコットランドにとって波乱の幕開けとなった。怪我をおして出場していたチームの支柱である John Rutherford が、緒戦の開始早々に膝の怪我を悪化させてしまう。これは選手生命を絶たれるほどの大怪我で、チームにも大きな動揺を誘ったことは想像に難くない。
このフランス戦には執念で引き分け、なんとか無敗で予選プールを勝ち抜く。しかしトライ数の差でフランスの後塵を拝し、2位での決勝トーナメント進出であった。

準々決勝の相手は開催国であるニュージーランド。黒衣のオールブラックスと濃紺のスコットランドはユニフォームカラーが混同しやすく、ホストであるニュージーランドが来客への敬意から譲り、真っ白のビジターユニフォームを着る事態になった。しかしスコットランドが優位に立てたのは、そこまで。完敗で敗退となった。ここから、ワールドカップにおけるスコットランドとニュージーランドの奇妙な因縁が始まる。

Pool-4 スコットランド SCO 20 - 20 FRA フランス 1987-05-23
Pool-4 スコットランド SCO 60 - 21 ZIM ジンバブエ 1987-05-30
Pool-4 スコットランド SCO 55 - 28 ROM ルーマニア 1987-06-02
準々決勝 スコットランド SCO 3 - 30 NZL ニュージーランド 1987-06-06

1991年 第2回 イングランド大会

スコットランは同国史上最高のキャプテンとも称される David Sole の下、90年のファイブネイションズでグランドスラムを達成するなど「黄金期」を迎えていた。折しもこの年は “God Save the Queen” に代わる新たなアンセムとして “Flower of Scotland” が歌われ始めた年でもあり、スコットランドラグビーは大いに盛り上がっていた。

良い流れで迎えた翌年のワールドカップ、余勢を駆ってスコットランドは全勝でプール戦を突破した。準々決勝でサモアをくだし、初の準決勝の相手は “Auld Enemy” ことイングランド。地元 Murrayfield での負けられない一戦であったが、イングランド Rob Andrew のドロップゴールに惜しくも涙を飲んだ。

3位決定戦の相手はニュージーランド。食い下がるも届かず、結果は4位であった。

Pool-B スコットランド SCO 47 - 9 JPN 日本 1991-10-05
Pool-B スコットランド SCO 51 - 12 ZIM ジンバブエ 1991-10-09
Pool-B スコットランド SCO 24 - 15 IRE アイルランド 1991-10-12
準々決勝 スコットランド SCO 28 - 6 SAM サモア 1991-10-19
準決勝 スコットランド SCO 6 - 9 ENG イングランド 1991-10-26
3位決定戦 スコットランド SCO 6 - 13 NZL ニュージーランド 1991-10-30

1995年 第3回 南アフリカ共和国大会

Sole も引退し、やや低調気味で始まった第3回ワールドカップ。スコットランドにとっては、まるで第1回大会の再現のような展開であった。
プール戦をフランスに僅差で敗れての2位で通過、そしてオールブラックスに白衣を着せての準々決勝での敗退。

これでスコットランドは、3大会連続で自身の最終戦がニュージーランドとなった。

Pool-D スコットランド SCO 89 - 0 CIV コートジボワール 1995-05-26
Pool-D スコットランド SCO 41 - 5 TGA トンガ 1995-05-30
Pool-D スコットランド SCO 19 - 22 FRA フランス 1995-06-03
準々決勝 スコットランド SCO 30 - 48 NZL ニュージーランド 1995-06-11

1999年 第4回 ウェールズ大会

1999年、ワールドカップイヤーで最後のファイブネイションズ(翌年からはイタリアを加えてシックスネイションズとなる)を優勝で飾ったスコットランドだが、本戦での結果は「例によって」2位でのプール戦通過、ニュージーランドに敗退であった。

Pool-1 スコットランド SCO 29 - 46 RSA 南アフリカ共和国 1999-10-03
Pool-1 スコットランド SCO 43 - 12 URU ウルグアイ 1999-10-08
Pool-1 スコットランド SCO 48 - 0 ESP スペイン 1999-10-16
プレーオフ スコットランド SCO 35 - 20 SAM サモア 1999-10-20
準々決勝 スコットランド SCO 18 - 30 NZL ニュージーランド 1999-10-24

2003年 第5回 オーストラリア大会

「いつも通り」としか表現出来ない結果のワールドカップ。唯一特筆すべきは、遂に最終戦がニュージーランドで無くなったことであろうか。本大会では、ニュージーランドの隣国で開催国であるオーストラリアに引導を渡されることとなった。

Group-B スコットランド SCO 32 - 11 JPN 日本 2003-10-11
Group-B スコットランド SCO 39 - 15 USA アメリカ合衆国 2003-10-20
Group-B スコットランド SCO 9 - 51 FRA フランス 2003-10-25
Group-B スコットランド SCO 22 - 20 FJI フィジー 2003-11-01
準々決勝 スコットランド SCO 16 - 33 AUS オーストラリア 2003-11-08

2007年 第6回 フランス大会

停滞する代表を立て直すため、スコットランドラグビー協会は臨時コーチであった Edinburgh Gunners を2005年から正式にヘッドコーチに迎え、2007年ワールドカップに向けて再出発する。

2006年のシックスネイションズでは、1999年以来となるフランス撃破や2000年以来のイングランド戦勝利によるカルカッタカップ奪回など、チームは上昇気流に乗りかかっているように思われた。しかし同年末に行われたオーストラリアとのテストマッチから歯車が狂い始める。それまで欧州で通用していたディフェンスラインをボロボロにされ、44-15という大敗を喫してしまうのだ。更に同試合でキャプテン Jason White を怪我で失うことになるなど、一気に暗転した。

年が明けてワールドカップイヤーとなっても悪い流れは変わらず、シックスネイションズでは新参のイタリアに17-37という大敗をもらってしまう。開始僅か6分で2度のインターセプトを含む21点を奪われるという信じられない試合で、代表への期待は大きく萎んでしまった。

本大会では、前体会で因縁の切れたニュージーランドと同組になる。ワールドカップ初参加のポルトガルらには完勝するも、オールブラックスには0-40と完敗。プール戦最終となるイタリア戦では僅差で雪辱を果たすも、例によってのプール2位通過であった。
準々決勝の相手は、今大会で台風の目となって暴れているアルゼンチン。勢いの差もありプーマスの圧勝かと思われた試合であったが、スコットランドも粘りを見せる。最終的には敗れるものの、意地を示すことは出来た。

結局、これでスコットランドはワールドカップ6大会を、全て南半球チームとの対戦で終えていることになる。

Pool-C スコットランド SCO 56 - 10 POR ポルトガル 2007-09-09
Pool-C スコットランド SCO 42 - 0 ROM ルーマニア 2007-09-18
Pool-C スコットランド SCO 0 - 40 NZL ニュージーランド 2007-09-23
Pool-C スコットランド SCO 18 - 16 ITA イタリア 2007-09-29
準々決勝 スコットランド SCO 13 - 19 ARG アルゼンチン 2007-10-07

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