ラグビー ナミビア代表 (ウェルウイッチアス)
| 世界ランキング | 19位 (2012-01-30) |
| ウェブサイト | http://www.namibianrugby.com/ |
| 代表チーム | Welwitschias |
| 代表監督 | John Williams |
| 16 | 68.78 | |
| 17 | 65.63 | |
| 18 | 63.98 | |
| 19 | 61.24 | |
| 20 | 60.54 | |
| 21 | 60.47 | |
| 22 | 60.33 |
南アフリカの実力が突出しているアフリカ圏において、二番手集団の先頭を走るナミビア。IRBによる格付けではティア3、世界ランクでも概して20位台と決して最強国に名を連ねるわけではないが、1999年の初出場以降4大会連続のワールドカップ出場を果たしている。
ニックネームの「ウェルウイッチア」は、アンゴラ砂漠で発見された奇妙な形の植物。日本では「奇想天外」などとも呼ばれる。
文化圏としてのラグビー史は古く、1916年にドイツの植民地だったころに、侵攻してきた南アフリカ兵士が伝えたとされる。その後、南西アフリカと呼ばれ委任統治を受けていた時代は、南アフリカの一部としてカリーカップなどに参加していた。代表も単独ではIRBに加盟しておらず、ナミビア産まれの有力選手はスプリングボックスでプレーするのが常であった。例えば南ア代表最多キャップ記録を作った貴公子 Percy Montgomery もナミビア生まれである。(ただし、彼の生誕地である Walvis Bay は、現在は分割されて南アフリカ領となっている)
1990年の独立に伴ないナミビアラグビーユニオンを設立。翌月にはIRBへの加盟を果たすが、1991年のワールドカップ予選には間に合わなかった。しかし独立前よりカリーカップなどで鍛えられていたチームは、国際ラグビー界へも順調なデビューを果たす。アイルランドとイタリアを自国に招いてのツアーに連勝するなど、初年のテストマッチは10戦全勝した。
次の目標は1995年のワールドカップであったが、これは惜しくも出場を逃す。ラウンド1はジンバブエ、ケニア、アラブ首長国連邦に全勝したが、ラウンド2でコートジボワールに敗れてしまう。
1999年 第4回 ウェールズ大会
1998年のワールドカップ予選、ナミビアはこれまでの実績からラウンド3からの参加。ジンバブエに次ぐ2位で最終ラウンドへ進むと、コートジボワールへの雪辱を果たして3戦全勝で出場権を獲得する。
ところが、記念すべき初出場は、またしてもアパルトヘイトの暗い影響で危うくなる。南ア統治下に本国同様のアパルトヘイトを実施していたナミビアにも、やはり人種差別は影を落としている。ナミビアの政府スポーツ委員会がワールドカップの準備大会に位置づけていた南アフリカでのトーナメント出場を禁じたことに、非白人クラブが反発。ワールドカップボイコット寸前まで発展した。結局、トーナメントへの参加禁止が撤回され、事なきを得る。
ようやく辿り着いたワールドカップ、ナミビアのデビューは3つの大敗という厳しいものだった。しかし彼らは、まず本戦のフィールドに立ち、立派に戦ったことで、大きな一歩を刻んだ。
| Pool-3 | ナミビア |
18 | - | 67 | 1999-10-01 | |
| Pool-3 | ナミビア |
13 | - | 47 | 1999-10-08 | |
| Pool-3 | ナミビア |
11 | - | 72 | 1999-10-14 |
2003年 第5回 オーストラリア大会
上々のスタートだった1990年代のウェルウイッチアスも、その競技人口の少なさや、近隣に実力の近い強国が少ないことなどから、徐々に衰えを見せ始める。ワールドカップ予選こそ勝ち抜くも、モロッコに敗れるなど「南アを除いたアフリカ勢」の中でも抜けた存在ではなくなってきている。
ワールドカップ本戦でも初勝利は遠く、オーストラリア戦では0-142の惨敗。95年に日本がニュージーランドと戦った際の128点差(17-145)を超えるワールドカップレコードとなってしまう。
| Group-A | ナミビア |
14 | - | 67 | 2003-10-14 | |
| Group-A | ナミビア |
7 | - | 64 | 2003-10-19 | |
| Group-A | ナミビア |
0 | - | 142 | 2003-10-25 | |
| Group-A | ナミビア |
7 | - | 37 | 2003-10-30 |
2007年 第6回 フランス大会
ナミビアの凋落は続き、2007年ワールドカップ予選では遂にケニアに敗北をきっする。これは東アフリカ勢への初めての敗戦で、IRBランキングも28位まで下がる。しかしライバルであるチュニジアやモロッコをなんとか下し、3大会連続の出場権は守った。
結局、参加国中でナミビアの世界ランクは最低。初勝利を望むのは難しい状況であったが、世界ランク5位のアイルランドを相手に2トライをあげ 17-32 と、過去最も得点差の少ないゲームを演じ、意地を見せる。しかし、続く3戦は為す術なく全敗。最終戦ではグルジアにワールドカップ初勝利を完封で飾られてしまった。
| Pool-D | ナミビア |
17 | - | 32 | 2007-09-09 | |
| Pool-D | ナミビア |
10 | - | 87 | 2007-09-16 | |
| Pool-D | ナミビア |
3 | - | 63 | 2007-09-22 | |
| Pool-D | ナミビア |
0 | - | 30 | 2007-09-26 |
2011年 第7回 ニュージーランド大会
アフリカでの「南アに続く2番手集団のトップ」を維持することも難しくなってきたナミビアは、ワールドカップ初出場を目指すチュニジアを僅差でくだし、なんとか4大会連続出場を確保する。
プール戦の相手は、旧宗主国である南アフリカに、ウェールズ、フィジー、サモアといったワールドカップ常連国がずらりと並ぶ。過去最も厳しい相手関係に初勝利を望むのは酷かもしれないが、なんとか意地を見せたい。









