ラグビー ドイツ代表
| 世界ランキング | 36位 (2012-01-30) |
| ウェブサイト | http://www.rugby.de/ |
| 33 | 52.40 | |
| 34 | 51.57 | |
| 35 | 51.46 | |
| 36 | 51.46 | |
| 37 | 51.46 | |
| 38 | 51.34 | |
| 39 | 50.49 |
ドイツ代表はIRBの格付けではサードティアに位置。代表ユニフォームは国旗同様の3色で、黒を貴重として両脇に赤と黄色があしらわれている。
協会の設立は古く、国内では1971年よりラグビーブンデスリーガが行われている。ここでの8チームを頂点に国内には全部で100を超えるクラブチームがあり、男女あわせて1万人以上がラグビーをプレーしている。決してラグビー不毛の地というわけではないが、ラグビー中心地であった英国との政治的・軍事的確執から、その近代化には大きく遅れをとってしまっている。
ワールドカップ出場実績はゼロ。2019年の日本大会出場へ向け、ヨーロピアン・ネイションズ・カップのファースト・ディビジョン再昇格を目指している。
歴史
欧州でも比較的早くからラグビーが広まっており、1878年に Ferdinand-Wilhelm Fricke により国内初のクラブチーム Deutscher FV 1878 Hannover が誕生している。1900年には、クラブチームのひとつである SC 1880 Frankfurt がパリ五輪に参加し、銀メダルを獲得した。この年、ドイツはラグビー協会(Deutscher Rugby-Verband)を設立。これは英国を含まない欧州大陸においては最も古いラグビー協会となる。
しかし折しも時は第1次世界大戦直前、フランスが1904年に英仏協商を締結し同盟国となっていたのに対し、急速に国力を伸長し軍事化していたドイツは、英国との対立を深めていた。そのため対戦国がおらず、初の国際試合が行われるのは大戦が一旦の終結を見てから更に9年を経た1927年4月のフランス戦であった。パリで行われたこの試合は、5-30でフランスが勝利している。
その後もドイツは、第二次世界大戦開始までに隣国フランスと14試合を戦う。しかし政治的対立の深刻なホームネイションズ(イングランド、アイルランド、スコットランド、ウェールズ)とは一度も対戦することはなかった。この時期、欧州に彼らを除けば実力的に高め合える相手は存在しなかった。事実、ドイツ代表はフランスには2勝12敗と大きく負け越すものの、それ以外のスペインやチェコスロヴァキア、オランダ、イタリアなどといった周辺国には1937年に到るまで10年以上にわたり無敗であった。
忌まわしい第二次世界大戦を経て、ドイツは英国との対立を決定的に深刻化させるだけでなく、世界のいずれの国からも孤立してしまう。この間にドイツ代表が行った国際試合は、わずかに同盟国イタリアとの1試合のみ(0-4でイタリアの勝利)であった。1950年代に入りようやくテストマッチも再開されはじめるが、敗戦にうちひしがれ、歴史に深い傷跡を残した国として負い目を背負い、最早彼らにかつてのような欧州における支配力は存在しなかった。1952年のベルギー戦から58年のルーマニア戦にかけての戦績は、5勝13敗2分という悲惨なものであった。
こうして英国を中心としたラグビーの近代化から遠く離れた場所にいたドイツは、黎明期から成長期にかけての時期を棒に振ってしまったことになる。戦争の爪痕も消えてきた頃、既にドイツとラグビー先進国の間には容易には埋められない大きな実力差が出来てしまっていた。結局2010年現在に至っても、今度は実力的なミスマッチからホームネイションズとの対戦は実現していない。わずかに1956年に1度、イングランドラグビーの聖地 Twickenham Stadium の地を踏む機会があったが、これは地元クラブチーム Harlequin F.C. との親善試合である。(8-26でドイツは敗れた)
現在、ドイツは欧州シックスネイションズの下部リーグであるヨーロピアン・ネイションズ・カップでプレーしている。足掛け3年に渡って行われる長期リーグだが、2006-08シーズンでドイツは2ndディビジョンを優勝。念願の1stディビジョンに昇格した。それを機にドイツラグビー協会は2015年のロンドンワールドカップ出場を目指す強化方針を掲げた。ところが翌2008-10シーズンで最下位となり、またもや2ndディビジョンに降格してしまう。ワールドカップ初参加の目標点は、2019年の日本大会に下方修正されることとなった。
体格も頑強で、精神的にも規律を重んじ辛抱強いドイツの国民性は、ラグビーに向いたものであるように思う。歴史の歯車は彼らをその相応しい地位に運んでくれることはなかったが、今からでも楕円球の歴史にゲルマン魂を刻みつけて欲しいものである。









