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FRANCE

ラグビー フランス代表 (レ・ブルー)

世界ランキング3位 (2012-01-30)
ウェブサイトhttp://www.ffr.fr/
代表チームLes Blues
代表監督Marc Lie`vremont
世界ランキング (2012-01-30)
1 NZL91.43
2 AUS87.99
3 FRA84.70
4 RSA84.34
5 ENG81.58
6 IRE80.65
7 ARG80.28
 

フランスはIRBオリジナル8のひとつで、世界最強国の一角。非英国文化圏としては稀なラグビー古豪。

欧州でイングランド、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、イタリアと共にシックスネイションズを形成。17度の優勝(ファイブネイションズ時代を含む)と9度のグランドスラム達成を誇る。
2010年4月時点での世界ランクは4位で、北半球に限れば最上位。更にその上位の南半球トライネイションズ勢に対してそれぞれ10勝以上と、最も勝ち星を挙げている国でもある。

チームカラーは、華麗なパス回しと鋭いランでボールを前に運ぶ「シャンパン・ラグビー」。絶えず軽やかに湧き続けるシャンパンの泡のように、次々に選手が走り出てくることから称される。
これはある意味ラグビーの理想型で、ラグビー新興国ではフランス人コーチを招聘してこのシャンパンラグビーを取り入れようとすることが珍しくない。グルジアなどが成功例で、日本がジャン=ピエール・エリサルドを招いて目指したものも、それであった。

シンボル

濃い青シャツに白いショートパンツ、赤いソックス。いわゆるトリコロールカラーのユニフォームに包まれたフランス代表は、”Les Blues”(レ・ブルー:The Blues)の愛称でも親しまれる。

1911年にスコットランドから初勝利を挙げた際にフランスキャプテンの Marcel Communeau が、伝統的なフランスのシンボルである Gallic Rooster (雄鶏) をシンボルとすることを話した。これは誇り高く好戦的な雄鶏の性質が好まれたためと言われる。当初は赤と白のシンプルなものであったが、後に彩りのあるものに変わっていき、1970年からは現在の金色になっている。
この雄鶏のエンブレムは多くのファンに愛され、1920年代のオリンピックラグビー出場時にも五輪と雄鶏を組み合わせたロゴが使われた。
また、ファンの間ではスタジアムに雄鶏を持ち込み、フィールドに放つことが流行。鳥インフルエンザ流行時には持ち込み禁止措置がされるなどした。

歴史

1870年代に英国人留学生がパリに、またやはり英国のワイン商がボルドーに持ち込んだのが、フランスラグビーの始まりと言われる。
1900年の夏季五輪にも参加し、イギリスを下して見事に金メダル(参加国は、この両国にドイツを加えた僅か3ヶ国であったが)。そして公式なテストマッチとしては1906年元旦にパリで行われたオールブラックス戦であった。その後は地理的にも近いイングランド、アイルランド、スコットランド、ウェールズの「ホームネイションズ」と戦いながら力をつけていく。1910年には、そのホームネイションズが行っていたリーグ戦に参加。「ファイブネイションズ」(現在のシックスネイションズ)としての歴史を刻んでいく。更に1920年代にも2度の五輪に参加。共に銀メダルを獲得した。

ファイブネイションズでは、1911年にスコットランドから初勝利。この時に記念として、雄鶏のエンブレムが誕生した。しかし4年間で勝利はその1つのみ。その後、第1次世界大戦の影響による中断を挟んで再開された1920年以降もイングランドを筆頭としたラグビー母国に歯が立たず、雌伏の時が続く。更に、フランスが国内リーグでクラブ選手に報酬を支払っていたことが発覚。ラグビーのアマチュア精神に反するとして、1931年よりファイブネイションズから除外されてしまう。

制裁期間中は当然ながらホームネイションズとの試合が組めず、必然的に格下の相手としか戦えなくなる。なかなか勝てなかったとはいえファイブネイションズで揉まれたフランスと周辺諸国との実力差は歴然で、この間に国際試合10連勝を記録する。皮肉なことに、これは現在(2010年4月)まで至るフランス代表の最長記録である。1939年には制裁措置が解けるが、第2次世界大戦によりリーグ戦は中断。1947年にようやく、ファイブネイションズに戻って再開される。

1950年代に入り Lucien Mias や Pierre Lacaze、Francois Moncla らスター選手の登場で、ファイブネイションズにおいても対等以上に戦えるようになってくる。1954年には3チーム同率ながら念願の初優勝を飾ると、1959年には、イングランドと引き分けたものの残り3試合は全勝の「準グランドスラム」で、遂に単独優勝を果たす。この前年のツアーでスプリングボックスを撃破し、南アの地でツアー勝利した最初のチームとなった余勢を駆っての快挙であった。

1960年代に突入しても勢いは衰えず、1962年までファイブネイションズを4連覇(同率優勝1つを含む)。この間、今度は南アフリカをパリに迎えての再戦を行うが、これは試合中の乱闘騒ぎにより決着つかず。続くオセアニアツアーではオールブラックスに連敗するも、ワラビーズに勝利。更に1968年には正真正銘のグランドスラム達成と、世界最強国のひとつとしての名声を確かにしていく。

1977年、レ・ブルーは2度目のグランドスラム。しかも史上唯一、同じ15人だけで全試合を戦っての優勝であった。そして対ニュージーランド初勝利をトゥールーズであげる。更にこの2年後には、ニュージーランドでのオールブラックスへの初勝利。1981年にも3度目となるグランドスラムを達成した。

1987年 第1回 ニュージーランド&オーストラリア大会

「ワールドカップ開催」において、アマチュア精神を高く標榜するホームネイションズは、長期にわたって反対の立場を貫いてきた。その必要性を強く説いて来たのがオーストラリアとニュージーランドだが、フランスもかなり初期より開催賛成の立場にあった。一度ファイブネイションズで制裁を受けているだけに強く表立ちはしなかったが、プロ化へ向かって歩を進めたい想いは強かったと思われる。(参照)

1985年に宿願のワールドカップ開催が決まると、フランスはそれに呼応するように翌年のファイブネイションズを優勝。翌年のワールドカップ直前の大会も4度目となるグランドスラムで連覇し、初代王者への気勢は上がった。

プール戦を順調に勝ち上がると、準決勝では開催国の1つであるオーストラリアを撃破。もう1つの開催国でもあるニュージーランドが待つ決勝戦へと駒を進めた。決勝の舞台 Eden Park は、1799年にフランスがはじめてニュージーランドの地でオールブラックスを倒した思い出の場所。しかし、今回は返り討ちにあい惜しくも準優勝に終わる。

あと一歩、賜杯には届かなったとはいえ、この勝利はフランス国民を熱くさせた。今でこそサッカーに次ぎ、ツール・ド・フランスなどと並ぶフランスの人気スポーツとなっているラグビーだが、その人気はこの大会で培われたと言っても良いだろう。世界最高のスポーツ紙とも言われるフランス L’Equipe は、決勝戦翌日の一面に “地球は信じられている以上に楕円形だった” と報じ、その活躍を称えたという。

Pool-4 フランス FRA 20 - 20 SCO スコットランド 1987-05-23
Pool-4 フランス FRA 55 - 12 ROM ルーマニア 1987-05-28
Pool-4 フランス FRA 70 - 12 ZIM ジンバブエ 1987-06-02
準々決勝 フランス FRA 31 - 16 FJI フィジー 1987-06-07
準決 勝 フランス FRA 30 - 24 AUS オーストラリア 1987-06-13
決勝 フランス FRA 9 - 29 NZL ニュージーランド 1987-06-20

1991年 第2回 イングランド大会

ファイブネイションズ共催となる第2回、フランスも開催国のひとつとして前回逃したウェブエリス杯の獲得を目指した。

1989年までファイブネイションズを4連覇も、1990年はスコットランド、91年はイングランドにそれぞれグランドスラムを許す。プール戦ではカナダに苦戦するなどらしくない戦いが続き、決勝トーナメント緒戦でイングランドに地元パリで敗戦。不完全燃焼で大会を終える。

Pool-D フランス FRA 30 - 3 ROM ルーマニア 1991-10-04
Pool-D フランス FRA 33 - 9 FJI フィジー 1991-10-08
Pool-D フランス FRA 19 - 13 CAN カナダ 1991-10-13
準々決勝 フランス FRA 10 - 19 ENG イングランド 1991-10-19

1995年 第3回 南アフリカ共和国大会

1990年代に入り勢いの衰えが見えるフランスだが、南ア大会で健闘を見せる。

プール戦を危なげなく勝ち抜くと、決勝トーナメントでは何度も対戦しているアイルランドを下す。準決勝は、開催国の南アフリカ。ワールドカップ初の単独開催を人種隔離政策撤廃後の民族融和の祭典と位置づけ、挙国一致での勝利を目指すスプリングボックスに、フランスはよもやと思わせる試合を見せ惜敗。3位決定戦へとまわる。

順位決定戦では、前回敗退を決められたイングランドが相手。今回は雪辱を果たし、3位を確保した。

Pool-D フランス FRA 38 - 10 TGA トンガ 1995-05-26
Pool-D フランス FRA 54 - 18 CIV コートジボワール 1995-05-30
Pool-D フランス FRA 22 - 19 SCO スコットランド 1995-06-03
準々決勝 フランス FRA 36 - 12 IRE アイルランド 1995-06-10
準決勝 フランス FRA 15 - 19 RSA 南アフリカ共和国 1995-06-17
3位決定戦 フランス FRA 19 - 9 ENG イングランド 1995-06-22

1999年 第4回 ウェールズ大会

アマチュア時代終焉の前回ワールドカップ後より、再びフランスは勢いをつける。95年に早速始まったハイネケンカップで Toulouse が優勝。翌年も Brive が勝ち、フランスが連覇を果たす。続く97年にも Brive が、98年には Colomiers が準優勝。プロフェッショナル時代にうまく対応する。クラブチームの飛躍と呼応して代表チームも上昇。97,98年には連続グランドスラムでシックスネイションズを連覇する。

準決勝の相手は、ワールドカップでは第1回大会決勝以来の対戦となるオールブラックス。直前のテストマッチでは1勝1敗の五分であった。下馬評はやはり優勝候補のニュージーランド。しかしこれを見事に退け、2度目の決勝進出を果たした。

決勝は、準決勝で前回チャンピオン南アフリカとの大激戦を制してきたオーストラリア。フランスは力及ばず、またしても準優勝に終わる。

Pool-3 フランス FRA 33 - 20 CAN カナダ 1999-10-02
Pool-3 フランス FRA 47 - 13 NAM ナミビア 1999-10-08
Pool-3 フランス FRA 28 - 19 FJI フィジー 1999-10-16
準々決勝 フランス FRA 47 - 26 ARG アルゼンチン 1999-10-24
準決勝 フランス FRA 43 - 31 NZL ニュージーランド 1999-10-31
決勝 フランス FRA 12 - 35 AUS オーストラリア 1999-11-06

2003年 第5回 オーストラリア大会

準決勝で、この後優勝するイングランドに敗退。続く3位決定戦でも、前回足を掬ったニュージーランドに敗れて4位で終わった。

Group-B フランス FRA 61 - 18 FJI フィジー 2003-10-11
Group-B フランス FRA 51 - 29 JPN 日本 2003-10-18
Group-B フランス FRA 51 - 9 SCO スコットランド 2003-10-25
Group-B フランス FRA 41 - 14 USA アメリカ合衆国 2003-10-31
準々決勝 フランス FRA 43 - 21 IRE アイルランド 2003-11-09
準決勝 フランス FRA 7 - 24 ENG イングランド 2003-11-16
3位決定戦 フランス FRA 13 - 40 NZL ニュージーランド 2003-11-20

2007年 第6回 フランス大会

遂に自国での単独開催に漕ぎつけたフランスは、シックスネイションズ(旧ファイブネイションズ)を06,07年と連覇して、念願の初優勝へ弾みをつける。しかし、今大会の主役もフランスではなかった。

伝統的に開催国がスポットを浴びながら勝利する開幕戦、フランスの相手は成長著しい南米の雄アルゼンチン・プーマスであった。プーマスは大会前よりダークホースとして注目されていたが、フランスは見事に食い殺されてしまう。終始試合をリードしたアルゼンチンの、点差以上の完勝であった。

その後3連勝でプール戦を突破し、準々決勝で当たったのは圧倒的優勝候補のニュージーランド。開催国として負けられないフランスは、まず心理戦を挑む。「レ・ブルー」の青を通常よりも濃く黒い色に近づけ、「オールブラックス」に黒ではないアウェイユニフォームを着せることにしたのだ。それが功を奏したかは不明だが、動きに精彩を欠くニュージーランドに幾つかのミスジャッジも手伝い、99年大会に続いての煮え湯を飲ませることに成功する。

オールブラックス vs ワラビーズとなることが大方の予想であった準決勝、顔を合わせたのはフランスとイングランドであった。大番狂わせを演出したフランスに勢いが感じられたが、しかし前回大会に続いてイングランドに敗退を余儀なくされてしまう。開催国として初優勝を目指していたチームとしては、どことなく呆気ない終戦であった。

3位決定戦は、巡り巡って開幕戦と同じフランスとアルゼンチンの組み合わせ。期待を裏切った開催国と、期待以上の躍進を見せたアルゼンチンの勢いの差は開幕戦以上に開いていたようで、試合はアルゼンチンの圧勝。最初と最後でアルゼンチンの引き立て役となってしまったフランスのワールドカップは4位で終わった。

フランスにとって代表チームは残念な結果であったが、大会運営としては期待以上の成功をおさめたと言える。観客動員のべ220万人、テレビ視聴数42億。拡大を続けるラグビーワールドカップはこの大会で、FIFAワールドカップ、夏季五輪に続くスポーツイベントとして認知されるようになる。

Pool-D フランス FRA 12 - 17 ARG アルゼンチン 2007-09-07
Pool-D フランス FRA 87 - 10 NAM ナミビア 2007-09-16
Pool-D フランス FRA 25 - 3 IRE アイルランド 2007-09-21
Pool-D フランス FRA 64 - 7 GEO グルジア 2007-09-30
準々決勝 フランス FRA 20 - 18 NZL ニュージーランド 2007-10-06
準決勝 フランス FRA 9 - 14 ENG イングランド 2007-10-13
3位決定戦 フランス FRA 10 - 34 ARG アルゼンチン 2007-10-19

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