ラグビー カナダ代表 (カナックス)
| 世界ランキング | 13位 (2012-01-30) |
| ウェブサイト | http://www.rugbycanada.ca/ |
| 代表チーム | Canucks / Maple leafs |
| 代表監督 | Kieran Crowley |
| 10 | 76.20 | |
| 11 | 75.81 | |
| 12 | 73.99 | |
| 13 | 72.92 | |
| 14 | 71.09 | |
| 15 | 70.45 | |
| 16 | 68.78 |
赤と黒のユニフォームに包まれたカナダ代表は、北米で唯一全てのワールドカップに参加している。
ラグビー後進であるアメリカ大陸にあって、大きく飛躍しているアルゼンチンに次ぐ実力を持つ。IRBのクラス分けでは日本と同じティア2。世界ランキングでも日本とは隣接しており(2010年4月時点で日本は13位、カナダは14位)、2007年大会では奇跡の同点劇を演出するなど、最近は実力的に日本のライバル国と目されることが多い。ちなみに、カナダの国際大会デビュー戦の相手も日本で、この時は9-8でジャパンが勝っている。しかしワールドカップでの成績はカナダがリードしており、1999年には準々決勝進出も果たした。
プレースタイルは比較的オーソドックスで、手堅い試合運びをする。愛称はカナックス(主にフランス系カナダ人を指す単語)またはメイプルリーフス。
近隣にラグビー強国がおらず、チャーチルカップ(カナダ、アメリカ、イングランドに幾つかの招待国を加えて行われるリーグ戦)やワールドカップが、その数少ない機会となる。また、その広大な国土が国内チームによる対戦も困難にし、更に冬場の厳しい気候もプレー時期を限らせる。このような難しい条件から、かつては世界のトップ10に入っていた順位も近年は10位台半ばを保つのがやっとで、世界最強国達との距離はなかなか縮まらずにいる。
歴史
北米におけるラグビーの起源は1874年、カナダのマギル大と米国マサチューセッツのハーバード大による、アメリカンフットボールとの中間のようなルールで行われた試合とされている。1884年には早くもカナダ・フットボール協会が設立されるが、これはラグビーから独自発展を遂げたカナディアン・フットボールへとシフトしていく。当初はラグビーの名で国内リーグも行われていたが、そのルールはIRBによるものとはかけ離れ、現在のアメリカンフットボールに近いものであった。
改めてカナダラグビー協会が1929年に設立されると、1932年に初の国際試合を日本と行う。この時のチームは半数がカナダ生まれで、残りは英国出身の選手たちであった。ツアーは2試合行われ9-8、38-5で日本の連勝であった。
1966年には、ブリティッシュ&アイリッシュライオンズが南半球ツアーの帰途に非公式戦としてトロントを訪れ、カナダ代表と戦う。ここで19-8と善戦するなど、北米最強国としての地位を築いていく。
1987年 第1回 ニュージーランド&オーストラリア大会
初のワールドカップに招待されたカナダは、その記念すべき緒戦をトンガを相手に快勝する。しかし続く2試合は大敗で、結局プール3位で敗退した。
| Pool-2 | カナダ |
37 | - | 4 | 1987-05-24 | |
| Pool-2 | カナダ |
19 | - | 46 | 1987-05-30 | |
| Pool-2 | カナダ |
9 | - | 40 | 1987-06-03 |
1991年 第2回 イングランド大会
ルーマニア、フィジー、フランスとのプール戦で2勝し、プール2位で初の決勝トーナメント進出を果たす。準々決勝で前回優勝のニュージーランドに敗退する。しかしプールでのフランスを含め前回大会の優勝・準優勝国に善戦したことで、存在感を示した。
| Pool-D | カナダ |
13 | - | 3 | 1991-10-05 | |
| Pool-D | カナダ |
19 | - | 11 | 1991-10-09 | |
| Pool-D | カナダ |
13 | - | 19 | 1991-10-13 | |
| 準々決勝 | カナダ |
13 | - | 29 | 1991-10-20 |
1995年 第3回 南アフリカ共和国大会
1991年大会で決勝トーナメントへ進んだため、今大会は予選免除での大会参加。前回に続いてルーマニアへ勝利するも、前回王者オーストラリアと、開催国で今大会で優勝する南アフリカに連敗。プール3位で敗退となったが、これはあまりにも相手が厳しかった。
| Pool-A | カナダ |
34 | - | 3 | 1995-05-26 | |
| Pool-A | カナダ |
11 | - | 27 | 1995-05-31 | |
| Pool-A | カナダ |
0 | - | 20 | 1995-06-03 |
1999年 第4回 ウェールズ大会
1996年から98年までパシフィックリムを3連覇。アメリカ予選ではアルゼンチンに続く2位で、堂々と本戦出場を決める。
プール戦では最後にナミビアに一方的に勝利するも、時既に遅し。またしても3位でプール戦を終えた。前回大会後にプロ化が進んだこともあり、カナダも他の2番手国同様にトッププレーヤーの確保が難しくなってくる。Dan Baugh、Rod Snow、Mike James、Colin Yukes、Dave Lougheed、Jamie Cudmoreなどといった一流選手がイングランドやウェールズ、フランスへ流出。カナダは世界のトップ10から滑り落ちてしまう。
| Pool-3 | カナダ |
20 | - | 33 | 1999-10-02 | |
| Pool-3 | カナダ |
22 | - | 38 | 1999-10-09 | |
| Pool-3 | カナダ |
72 | - | 11 | 1999-10-14 |
2003年 第5回 オーストラリア大会
第5回大会も、トンガからの1勝のみで敗退。プール戦でのボトム2が定位置となってくる。
| Group-D | カナダ |
10 | - | 41 | 2003-10-12 | |
| Group-D | カナダ |
6 | - | 68 | 2003-10-17 | |
| Group-D | カナダ |
14 | - | 19 | 2003-10-21 | |
| Group-D | カナダ |
24 | - | 7 | 2003-10-29 |
2007年 第6回 フランス大会
停滞打破を図り、2003年よりチャーチルカップを主催。しかし決勝へも進むことができない。2004年からはスーパーパワーズカップ(後のスーパーカップ)に参加し、こちらは2005年の決勝で日本を15-10で倒して優勝を飾る。
こうして常に無く積極的に対外試合をこなして挑んだフランス大会であったが、ウェールズとフィジーに連敗。後が無い状態で臨んだ近年のライバル日本との対戦も、ラストプレーで微妙なジャッジからまさかの逆襲で同点とされ、引き分ける。オーストラリアとの最終戦にも敗れ、カナダは初めてワールドカップ勝利無しに終わった。
| Pool-B | カナダ |
17 | - | 42 | 2007-09-09 | |
| Pool-B | カナダ |
16 | - | 29 | 2007-09-16 | |
| Pool-B | カナダ |
12 | - | 12 | 2007-09-25 | |
| Pool-B | カナダ |
6 | - | 37 | 2007-09-29 |









