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歴史

魂の詩(1): アイルランドの叫び

去る9月17日、ニュージーランド・イーデンパーク。アイルランド代表が、オーストラリア代表・ワラビーズを下す番狂わせを演じました。スタジアムを包む”Ireland’s Call”の大合唱が、ここが彼らの祖国から遥か離れた地球の裏側であることが信じられないほど、力強く彼らの代表を鼓舞したと感じます。自分も観客席で、一緒になって歌ってしまいました。

ラグビーでは多くの国が、ああした「アンセム」を持っています。スタジアムやバーで合唱する彼らを見ると、「ニッポン、チャチャチャ」しかない自分たちとしては羨ましくなります。 (続きを読む…)


フィジアンは飛ぶか(5): 革命の是非

結局バイニマラマ率いるフィジー軍は、当初のデッドラインであったスクナ・ボウルの日から4日後の12月5日、「浄化作戦」を決行する。この前日には警察本部を包囲し、事前に武装解除させることに成功していた。

この1ヵ月後、大統領を味方につけたバイニマラマは臨時政府の首相に就任する。そしてすぐに、その権限で臨時内閣を設置。そこにはインド系であることを理由に2000年クーデターで首相の座を追われたマヘンドラ・チョードリーなどの名前もあった。フィジー系、インド系を取り混ぜて閣僚に据えた、多民族主義政権がようやく樹立されたことになる。 (続きを読む…)


フィジアンは飛ぶか(4): 革命よりラグビー

フィジーという国は先住民族のものだとして格差政策を押し進めるガラセ政権と、偏向思想の是正を求めるバイニマラマ軍指令の確執は深刻の度合いを深めていく。それは最早、一触即発とも言える状態であった。

彼らの反発の根本は、2000年のクーデターに対する思想的な是否であるとも言える。フィジー系民族に有利な政策、クーデター実行犯の恩赦を認めさせようとするガラセ政権のやり方は、あたかもあのクーデターを合法的に成し遂げようとするかのような行為である。そして、あの動乱を合法的に鎮圧したバイニマラマが、今回はそれを非合法な立場で行おうとしているのだ。 (続きを読む…)


フィジアンは飛ぶか(3): 4度目のクーデターへ

現在、2011年ワールドカップのフィジー出場を巡って直接的に問題となっているのは、2006年に起きた4度目のクーデターである。

しかし、その問題が何であるかを知るには、3度目のクーデターを含むそれまでの流れを無視することは出来ない。

フィジーの政治と歴史について正確な記述をする知見は自分には無いが、1987年の2度にわたるクーデターから2000年の3度目、そして4度目に到るまでの間にフィジーで何があったのかを、ざっと見ていきたい。 (続きを読む…)


フィジアンは飛ぶか(2): 伝言

突如勃発した軍事クーデターにより、フィジー代表のワールドカップ出場は全く不透明になってしまう。

ニュージーランドのワールドカップ事務局はフィジーへの連絡を繰り返し試みるが、連絡手段は閉ざされ状況の見えない状態が続く。

大会を目前にして、運営側も決断を迫られつつあった。フィジーの参加に見切りをつけ、リザーブの西サモアを呼ぶかどうかである。 (続きを読む…)


フィジアンは飛ぶか(1): 1987年のクーデター

1987年の第1回ラグビーワールドカップ。天性のバネと自由奔放なプレースタイルから「フライング・フィジアン(空飛ぶフィジー人)」などと呼ばれ、世界のラグビーファンを魅了したフィジー。

しかし、この大会の直前まで「フィジーは飛ばないかもしれない」と心配されていた。それはフィールド上の選手たちの問題ではなく、不安定な政情によるものである。

そして2011年の今、同種の問題が起きようとしている。 (続きを読む…)


7%の紙一重(7): コーチのチカラ

こうしてドワイヤー率いるワラビーズは、頂点の座を掴んだ。徹底した勝利への準備と、その遂行。この時の彼らを「勝つべくして勝った」と表現することは容易い。

しかし、何しろ世界最高峰のネイション同士が、威信をかけて激突する祭典である。殊にアイルランド戦以降の3試合は、オーストラリアにしてもまさに「紙一重」の差をモノにしたと言えるだろう。この僅かな差が、果たしてどこから来たのか。

後から理由を探すことは簡単だが、それでも自分はコーチングに勝因を求めたくなる誘惑に抗えない。 (続きを読む…)


7%の紙一重(6): 魔物の牙

「正直なところ、楽勝だと思っていたよ。」
歓喜よりも、疲労困憊といった顔で会見場に現れたドワイヤーは語った。
「その油断と勘違いのツケは、取り返しのつかない大きさになるところだった。」

未だに語り草となっている、91年ワールドカップ準々決勝、ダブリンでのアイルランドとの一戦を終えた後のことである。

この試合で奇蹟的な逆転勝利をもたらしたものこそが、ドワイヤーが地道に積み上げてきた準備の成果に他ならないだろう。 (続きを読む…)


7%の紙一重(5): 12ヶ月後への祝杯

こうしたドワイヤーのビジョンの下、チームは賜杯に向けて着々と準備を重ねていった。それは選手たちにとって、自信を深めていく作業でもあった。

前述したオールブラックス戦の勝利後、チームは短いオフに入っていた。成長してきた若手が必要なポジションを埋めはじめ、チーム力は着実に増してきている。選手たちは翌年に迫ったワールドカップに向けて、最後の英気を思い思いに養っていた。

そんなある日、ワラビーズのキャプテン、ニック・ファージョーンズは、旅行先のホテルで部屋の電話が鳴るのを聴いた。 (続きを読む…)


7%の紙一重(4): クリティカル・ノンエッセンシャル

ドワイヤーの理念の中の重要な要素として挙げられるのが「クリティカル・ノンエッセンシャル」という考え方であった。

そのまま訳せば「必要不可欠ではないが、極めて重要なもの」であろうか。

ラグビーで勝利するために必要な、極めて本質的なもの…たとえばパワーやスピードといったフィジカルの強さ、あるいはスキルやテクニック、戦術などは、直接的に必要な「エッセンス」である。では、「クリティカル」で「ノンエッセンシャル」なものとは、一体何であろうか。 (続きを読む…)


7%の紙一重(3): 至聖三闘球士

ドワイヤーの理念からすれば、各選手に必要な要素はシンプルに3つであった。スピード、パワー、戦術理解。彼の理想は、これらを備えた選手を各ポジションに配置することであった。

若く可能性のある原石を選び出し、磨き上げた、ドワイヤーとAISの方針は奏効し、幾多の名選手がこの時期に花開いていくことになる。しかし、チームには勢いだけでないしっかりとした支柱が必要である。幸いなことにこの時、ワラビーズは3名の突出した選手を擁していた。豪州ファンから “Holy Trinity” と讃えられる、逞しい3本の柱が。 (続きを読む…)


7%の紙一重(2): 選ばれし45名

ドワイヤーの強化方針の根底は、個々の優れた選手たちの能力の総和が、チームとしての総合力を高めるというものだった。1+1を3にするのではなく、それぞれが2になり3になれば、自然と合計値は大きくなるという計算である。

そのために、ドワイヤーは強化対象選手を就任早々に45名に絞った。最終的にワールドカップへ登録できるメンバーは36名。彼らには徹底的なフィジカル強化と、基礎スキルの向上が課される。

選ばれし精鋭を鍛え上げることが、ドワイヤーの選んだ方法であった。 (続きを読む…)


7%の紙一重(1): 鉄条網の教え

1991年に行われた第2回ラグビーワールドカップの栄冠は、オーストラリアの頭上に輝いた。

アイルランドとの歴史に残る死闘を制し、前回王者オールブラックスを斃し、ホスト国イングランドを下しての堂々たる優勝である。

晴れやかな顔でエリス杯を掲げるファージョーンズに拍手を贈るボブ・ドワイヤーは、万感の想いでここまでの道のりを振り返っていた。一歩一歩積み上げてきた、3年半の途を。 (続きを読む…)


シルヴァー・ファーン: 漆黒の夜を照らす再生への道

ニュージーランド代表、オールブラックスの胸に描かれている、シダのマークをご存知だろうか。

「シルヴァー・ファーン」

銀色のシダを意味し、マオリ語では「ポンガ」もしくは「カポンガ」と呼ぶ。

あまりにも有名な、ニュージーランドを象徴するこのマークについて、ちょっとしたトリビアを並べてみたい。 (続きを読む…)


黒の怪物と白の両翼(5): 飛翔

試合終了間際にローリー・アンダーウッドがトライを決める。そしてロブ・アンドリューのコンバージョンが決まると同時に、長かった試合は終わりを告げられた。

それと同時に、興奮した観客がフィールドへ続々と降りてくる。この試合で歴史に深く名を刻むことになった男を少しでも間近に見、手を触れ、空気を感じようと、群集はジョナ・ロムーを取り囲んだ。

そんな彼らの祝福をかきわけながら通路へ進むジョナは、トニー・アンダーウッドが近づいてくるのを目の端に捉えた。 (続きを読む…)


黒の怪物と白の両翼(4): 薔薇は美しく散ったか

ロブ・アンドリューのドロップキックがバーの間を通過した瞬間、トニー・アンダーウッドはワールドカップ優勝を果たしたかのような喜びに包まれた。

彼だけではない。イングランド代表の選手全員、いや、全てのイングランドファンが、優勝を確信するかのように飛び跳ね、抱き合い、ガッツポーズを繰り返した。

準々決勝のオーストラリア戦である。
22-22の同点で、試合時間は80分を過ぎインジュアリ・タイムへ。延長戦に入る直前の、まさにラストプレーであった。 (続きを読む…)


黒の怪物と白の両翼(3): 昂まり

オールブラックスとイングランドが最後に対戦したのは、1993年だった。その試合でニュージーランドは、イングランドに対して10年ぶりとなる敗北を喫している。

当時まだ18歳。当然代表入りしていなかったジョナは、テレビでこの試合を観ていたことを思い出す。あの時、既に将来オールブラックスに入ることを確信していた彼は、自分が共に闘っているような気持ちで画面に食い入っていた。

試合終了時の、選手たちの悔しく哀しそうな貌。今は良き先輩であり仲間である彼らの、あの時の表情を今でもハッキリと思い浮かべることが出来る。 (続きを読む…)


黒の怪物と白の両翼(2): その朝

ジョナ・ロムーの名をラグビー史に決定的に刻むことになるイングランドとの準決勝戦の朝。ケープタウンの街が薄明かりに包まれるのを、ジョナはカーテンの隙間からぼんやりと眺めていた。

その夜、ジョナはほとんど寝ていなかった。眠れなかったのだ。

彼はその巨体を、出来るだけ音をたてないようにしながらベッドから抜き、隣のベッドに眠るフランク・バンスを起こさないよう、そっと廊下に出る。特に目的があるわけではなかった。ただ、ウロウロと徘徊する。 (続きを読む…)


黒の怪物と白の両翼(1): 2分間の粉砕劇

1995年に南アフリカで行われた、第3回ワールドカップ。優勝したのは、開催国のスプリングボックスであった。表彰式は人種隔離政策撤廃後の民族融和を象徴するものとして、単なるスポーツイベントを超えた感動を世の人々に与えた。

しかし、ラグビーファンにこの大会の主役を尋ねれば、殆どの人が挙げるのは決勝で敗れたオールブラックスの怪物『ジョナ・ロムー』の名前であろう。

特に彼の名を世界に知らしめたのは、準決勝戦。その最初の2分間で、イングランドが誇る両翼はズタズタに粉砕された。 (続きを読む…)


W杯誕生物語(附記): ワールドカップの功罪

紆余曲折を経てようやく開かれたラグビー・ワールドカップへの扉。

その先にあったのは、オセアニア勢が期待したような薔薇色の未来だったのだろうか。あるいは、ホームネイションズが危惧したような、金銭的欲求に堕した失楽園であったのだろうか。

ここでは最後に、ワールドカップがもたらしたラグビー界の変化を、功罪両面で確認しておきたい。いささか情緒的になりすぎている部分もあるかと思われるが、ご容赦いただければ。 (続きを読む…)


W杯誕生物語(後編): 幻のワールドシリーズ

ラグビーワールドカップは、それを熱望するオセアニア勢と、アマチュアリズムを守りたいホーム・ネイションズとのせめぎ合いから、膠着状態になっていた。

幾たびも繰り返される提案は、ほとんど議論されることもなく却下される。遂にはIRBによる「国際トーナメント禁止令」が発せられるまでに至り、ワールドカップの実現は永遠に絶望かとも思われた。

しかし100年以上にわたり微動だにしなかった山を動かしたのは、意外な方向からの槌の一撃であった。 (続きを読む…)


W杯誕生物語(中編): アマチュア精神

「アマチュア精神」はラグビー界において長い間、その精神性を示す拠り所となる概念であった。IRBが懸念した通り、ワールドカップ開催によりプロ化への流れは加速し、第3回大会後の1995年には固く閉ざされていた門戸が開かれることとなる。

では、ラグビー界が「プロ化」によって失ってしまったものは何であったのだろう。そもそも「アマチュア精神」とは何なのであろうか。

今回はアマチュア精神が何故ラグビー界で重要視されてきたのか、その根幹となった考え方を確認しておきたい。 (続きを読む…)


W杯誕生物語(前編): 動かぬ山

ワールドカップ・イヤーとなる2011年まで、あと僅か。次で第7回大会ということになるが、「え、まだ7回?」という反応をしてしまう日本人は多いのではないだろうか。

そう。スポーツとしてはサッカーよりも長い歴史を持つラグビーであるが、いわゆる「ワールドカップ」が始まったのは1987年と、つい最近のことである。

ラグビーの最初のテストマッチが行われてから、実に116年。その時既にサッカーワールドカップは半世紀以上の歴史を刻んでいた。何故、ラグビーワールドカップの誕生には、これほどの時間がかかったのだろうか。 (続きを読む…)


バーバリアンの誇り(後編): 勝利

1961年2月、バーバリアンズに「ファイナルチャレンジ」を叩きつけてきたのは南アフリカ・スプリングボックスであった。

60年暮れからの欧州ツアーで、ここまで彼らは4戦全勝。ウェールズ、アイルランド、イングランド、スコットランドのホームネイションズは、揃ってスプリングボックスのパワーラグビーに制圧されてしまっていた。

「最後の砦」としてバーバリアンズは、はじめて「勝利」を渇望して戦いに挑む。彼らが信条とする「オープンラグビー」よりも。 (続きを読む…)