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魂の詩(1): アイルランドの叫び

去る9月17日、ニュージーランド・イーデンパーク。アイルランド代表が、オーストラリア代表・ワラビーズを下す番狂わせを演じました。スタジアムを包む”Ireland’s Call”の大合唱が、ここが彼らの祖国から遥か離れた地球の裏側であることが信じられないほど、力強く彼らの代表を鼓舞したと感じます。自分も観客席で、一緒になって歌ってしまいました。

ラグビーでは多くの国が、ああした「アンセム」を持っています。スタジアムやバーで合唱する彼らを見ると、「ニッポン、チャチャチャ」しかない自分たちとしては羨ましくなります。

しかし、彼らとて誰かが「これがアンセムですよ」と提供してくれたものを漫然と歌っているわけではありません。その誕生にはそれぞれの物語があり、それゆえに彼らが魂を込める理由があるように見受けられます。

今回、短いシリーズで、いくつかのアンセム誕生について紹介します(実は、各国の紹介ページに書いてあることの焼き直しですが)。それによって、何かの拍子に日本のアンセムが生まれるきっかけになれば最高なのですが。

ラグビー「アイルランド代表」であることの特別

アイルランドのアンセムについて語るには、イングランドとの長い紛争を無視することは出来ない。ここでその複雑で凄惨な歴史について詳細に記述することはしないが、アイルランドが「アイルランド共和国」と「英国領・北アイルランド」に分裂していることを覚えておきたい。

アイルランドはイギリスによる最初の植民地である。彼らは、英国により宗教的・経済的な迫害・支配を受け続けてきた。

1919年からの独立戦争により、ようやく自由国としての地位を得たアイルランドであるが、今度は内紛に悩まされることになる。イギリスによる圧政の中でも、英国からの入植者や経済的にユニオンの支配下(=庇護下)にあった方が良いと考える者も出てくる。そうしたユニオシストと、逆に英国連邦からも独立をはかりたいナショナリストとの対立が激化。その結果として、北アイルランドは英国領に残ることを選択したのである。

そうした歴史的経緯から、アイルランド共和国の英国への反発感情は根強い。そしてそれは、北アイルランドに対しても同様である。サッカーをはじめ、ほとんどのスポーツで「アイルランド共和国代表」と「北アイルランド代表」は別のチームである。ところが、中に数少ない例外が存在する。そのうちの1つが、ラグビー代表だ。

ラグビーにおいては、「アイルランド代表」といえば、アイルランド島全体の代表を指す。彼らは前述の通り、政治的にのみならず経済・文化・宗教など全てにおいて異なる背景を持つ。しかし、ラグビーに関してだけは同じ旗を仰ぎ、ひとつのチームを応援するのだ。いかにラグビーが特別な存在であるかが分かるだろう。

アイルランズ・コールの誕生

もちろん、こうした複雑な背景を簡単に解消することは出来ない。様々に直面させられる難問のひとつが、試合前に歌われる国歌だ。

アイルランド共和国の国歌は、”Amhrán na bhFiann“である。英語名は”The Soldiers’ Song”。ケルティックの旋律が美しい、国民にこよなく愛されているアンセムだ。

一方、北アイルランドの国歌はイングランドの”God save the Queen”である。共和国の人間にとって、憎むべき支配者のアンセム。自分たちが誇る代表チームを送り出すために歌うには、大いに抵抗があった。

そのため、彼らは試合を行う場所によって歌う曲を変えるようなことをしてきた。しかし、その複雑な方法はしばしば混乱や悲憤を招く。特に1991年の第2回ワールドカップで共同開催国となった際には、大舞台での国民感情に配慮して「国歌斉唱を行わない」というルールにしてしまった。主催国が行わないものを、相手チームだけがすることは出来ない。ナショナリズムが発揚されるはずの国際大会において、選手入場からいきなり試合が始まるというのは異様な状況であった。準々決勝でアイルランドと当たったオーストラリアは、試合前にフィールド上で円陣を組み、彼らだけでアンセムを歌ったという。

こうした問題に対応すべく、1995年のワールドカップに向けて作られたのが “Ireland’s Call” である。曲は、Phil Coulterにより作詞・作曲される。すでに共和国で広く愛されている”The Town I Loved So Well“を作った人物により、ケルトの心に触れる旋律が奏でられた。

Come the day and come the hour その時は来た
Come the power and the glory 力強さと栄光に満ちた時が
We have come to answer our country’s call 我らは応える、故郷の叫びに
From the four proud provinces of Ireland アイルランドの誇る4つの地方からの
Ireland, Ireland アイルランド、アイルランド
Together standing tall 共に並び立つ
Shoulder to shoulder 肩を組み
We’ll answer Ireland’s call 共にアイルランドの叫びに応える
From the mighty glens of Antrim アントリムの大峡谷から
From the rugged hills of Galway ゴールウェイの連なった丘から
From the walls of Limerick and Dublin Bay リムリックを囲む壁やダブリン湾から
From the four proud provinces of Ireland アイルランドの誇る4つの地方からの
Hearts of steel and heads unbowing 決して折れない鋼の心
Vowing never to be broken 永遠に破られない誓い
We will fight until we can fight no more 精根尽き果てるまで闘い抜く
For the four proud provinces of Ireland アイルランドが誇る4地方のために
Erin’s warriors, clad in emerald エメラルド色を纏った、エリンの戦士たち
Steadfast souls confront their challenge 確固とした魂で、困難に立ち向かう
‘Neath the glass sky they assemble 澄み切った空の下に集結した
For the four proud provinces of Ireland アイルランドの誇る4つの地方よ

歌詞については、こうした経緯から、比較的曖昧で当たり障りの無い「共に闘おう」という内容になっている。しかしこれも、曲が発表されてから国民の間で多くの議論を経て、少しずつ変更されながら作り上げられたものになっている。

少しだけ歌詞を補足しておくと、繰り返し出てくる「4地方」というのはコノート、マンスター、レンスター、アルスターの4つを指している。このうちアルスターの大部分が北アイルランドにあたる。つまり、4地方とはアイルランド島全土を意味している。「エリン」というのは、アイルランド古語で「アイルランド」の意味。我々にとっての「ジャパン」が「アイルランド」なら、「エリン」は「日本」ということになろうか。

クローク・パークの叫び

この「アイルランズ・コール」が人々の心に深く刻まれた最大の出来事は、発表から12年が経過した2007年のシックスネイションズであったかもしれない。この日、ダブリンのクローク・パークでアイルランドとイングランドの試合が行われた。

アイルランド最大の収容人数を誇るこのスタジアムは、アイルランド独立戦争中の1920年に、イギリス軍の突然の発砲で14人が殺された「血の日曜日」が起きた忌まわしい場所でもある。元々「アイルランド文化を守るため」に設立されたスタジアムであったが、紛争後も頑なにゲーリック・ゲームズを中心としたローカルイベントのみに使用が許されてきた。今やアイルランドの国民的スポーツになっているラグビーやサッカーも足を踏み入れることの出来ない聖域となっていたのだ。

しかし2006年、ランズダウン・ロードの改築に伴い、大論争の末に他のスポーツもクローク・パークで試合が行えることとなった。そして翌年のシックスネイションズで、イングランドとの歴史的試合が実現したのである。

なにしろ、イギリス軍による虐殺の舞台である。最初に英国国歌”God save the Queen”が演奏された時には緊張が走ったことは想像に難くないが、まったくブーイングも起きずに平穏に歌い上げられた。続いて、アイルランド共和国国歌である”Amhrán na bhFiann”が歌われる。そして、最後に流されたのが”Ireland’s Call”であった。下の動画は、その時の様子が収められている。Ireland’s Callが始まり、明らかに歌声が大きくなっている。これは、北アイルランド側の観客も唱和しているためであろう。観客席では感極まり涙しながら歌うファンが続出し、その昂まりは選手にも伝染している。

この試合は、血塗られた紛争を続けてきたアイルランドとイングランドにとって「歴史的和解」とされ、観衆の立派な振る舞いは大いに称賛された。なお、試合は両国間では過去最大点差となる43-13で、アイルランドが勝利している。(第2話「望郷の唄」に続く)

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-- Posted by nao58

5 Responses Subscribe to comments


  1. 倉内達治

    日本のスポーツ国歌に「ひょっこりひょうたん島」を!

    9月 29, 2011 @ 2:29 PM


  2. ガリーオーエン

    ・アイルランド全島を代表する競技がラグビーの他にもうひとつあると何かで読んだことがあります。ホッケーだったかなぁ。

    ・4つのプロビンスの内アルスターの大部分は共和国の主権が及ばない北アイルランドですが9州の内3州は共和国の主権下にあります(ドニゴール、モナハン、キャバン各州)

    ・アップなさっている動画はイングランド戦ではなくクロークパークで初のラグビーとなったフランス戦ですね。そう判断する理由は二つありますがその内のひとつはイングランド戦の映像では涙を流すフラナリーが印象的だったのですがそのシーンがありませんでした。

    10月 04, 2011 @ 11:40 PM


  3. nao58

    ガリーオーエンさん、色々ご指摘ありがとうございます。

    ホッケーチームは、五輪は共和国のみ、それ以外はアイルランド全島で代表になっているようです。「他の総て」という表現は適切でないので、修正しました。

    アルスターに関しても、確かに全州が北アイルランドであるかのような表現だったので、修正しました。

    動画の件も、ありがとうございます。フランスの実況でないものをと差し替えてしまったのですが、ちゃんと確認できていませんでした。元に戻しました。

    今後とも、よろしくお願いいたします。

    10月 05, 2011 @ 6:56 AM


  4. ガリーオーエン

    あぁ、ホッケーはそういう対応ですか。となるとラグビーとオリンピックの関わりで言うとアルスター地方の内の6州はアイルランドユニオンとは別のチームで・・という考えたくない選択肢を選ぶことになるのでしょうか?とても残念です。ま、今のところとても弱いので現実的に心配出来るわけでもないのですが(^^;

    10月 06, 2011 @ 12:08 AM


  5. nao58

    どうなんでしょうね?よくわかりませんが、「イギリス」の代表に入るのではないでしょうか(もちろん、能力的に入れる選手がいれば)。少なくとも五輪協会としては、アルスター6州はBritish Olympic Associationの管轄にあるようですし。

    いずれにしろ、活動休止状態のアイルランド・セブンス代表を再開させる時の話でしょうけど… 昨年頃に「2016年を目指して」って記事を読んだ気がしますが、今、どういう状態なんでしょうね。

    10月 06, 2011 @ 6:50 AM

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