フィジアンは飛ぶか(5): 革命の是非
結局バイニマラマ率いるフィジー軍は、当初のデッドラインであったスクナ・ボウルの日から4日後の12月5日、「浄化作戦」を決行する。この前日には警察本部を包囲し、事前に武装解除させることに成功していた。
この1ヵ月後、大統領を味方につけたバイニマラマは臨時政府の首相に就任する。そしてすぐに、その権限で臨時内閣を設置。そこにはインド系であることを理由に2000年クーデターで首相の座を追われたマヘンドラ・チョードリーなどの名前もあった。フィジー系、インド系を取り混ぜて閣僚に据えた、多民族主義政権がようやく樹立されたことになる。
これまでのクーデターとの違い
この4度目のクーデターは、これまでの3度とは明らかに異なった性格のものであった。
過去3度は、いずれも民主主義的選挙の結果として誕生したインド系主体の政権を、フィジー系団体が暴力で駆逐したものである。確かに先住民族にしてみれば「ここは自分たちの国だ」という意識は強いかもしれない。しかし、自分たちで定めた法に則って選出した政府を、民族差別的なエゴから、無血とはいえ軍事力に拠って排除するというのは許される行為ではないだろう。
今回もまた、政府を軍事力で転覆させ権力を奪ったことに変わりは無い。しかし、クーデター首謀者達が「浄化」と呼んだように、今度のクーデターは政府の腐敗が原因である点が異なっている。3度目のクーデターに対する事後処理の政権がフィジー系国民に迎合する政策を行い、度重なる政変によりインド系民族の国外流出が進み少数派となってしまったのをいいことに、政権を維持し続けたのである。その政府を、フィジー系国民の代表でもあり過去のクーデターでは中心的役割すら果たしてきた軍が糺そうとしたのである。
もちろん、バイニマラマの行動が全て民族平等主義の崇高な使命感だけから来ているとは言い切れないだろう。彼が決定的に2000年クーデター組の粛清派となったのは、軍が内部分裂し自らの命も狙われた後からである。義憤だけではなく、私怨や権力欲の側面もあったかもしれない。
一方で、フィジーのジョセファ・イロイロ大統領(当時)は、クーデター直後にバイニマラマへの支持を表明している。強引で偏った政権運営を続けたガラセ首相に対して、軍に従うか、もしくは辞任するよう勧告したという(ただし、後に諸外国の批判を受け、こうした勧告を行った事実を否定する)。今回の「浄化作戦」に世直し的側面があったことも、また否定できないだろう。
諸外国の反応
とはいえ、やはり「軍事政権」である。民主的な手続きにより選ばれた政府を、軍事によりひっくり返したことに違いは無い。ニュージーランド、オーストラリアはクーデターを強く非難し、臨時政権の速やかな解散と、国民投票の実施を強く求めていく。しかし、バイニマラマはこれに応じなかった。一部には、人口の6割近くを占めるようになったフィジー系国民により、総選挙を行えばガラセ政権のような差別政策政権が復活してしまう可能性を危惧する声もある。
周辺オセアニア諸国やEUは、フィジー軍事政権への経済制裁や、軍事関係者の入国禁止などの措置をとっていく(このことが、今回のワールドカップ問題への直接の引き鉄になっている)。一方で、中国は軍事政府との関係を急速に親密化させ、多大な援助と多くの移民を送り込んでいる。
こうした中、バイニマラマは2009年に民政復帰の総選挙を行うことを約束していた。しかし結局、これは2014年まで延期となってしまった。
中国のような例外はあるが、総じて軍事政権への非難は強い。太平洋諸島や英連邦も、様々な形でフィジー軍事政権への制裁を行っている。特に経済的・文化的に関係の深いニュージーランドは拒否反応が強く、総選挙の延期に際してはフィジー人官僚の息子に対して、それまでは許してきた研究目的の入国ビザ発行も拒否している。これに対してフィジー政府は国内のニュージーランド高等弁務官を国外退去させる報復を行い、ニュージーランド側もフィジー高等弁務官を追放するという泥仕合にもなっている。
ワールドカップ出場の是非
このような背景から、2011年ワールドカップにおいても、ニュージーランド政府はフィジー軍関係者の入国を拒否する姿勢は崩していない。
そして前述の通り、フィジー軍は多くのラグビー選手を擁している。現在のフィジー代表でトップクラスの選手は欧州など海外でプレーしていることが多く、どの程度の人数が軍関係者として抵触するのかは定かでない。しかし、フィジーラグビー関係者は「軍属選手を外せば最強のフィジー代表とはいえず、これが出場できないのであればボイコットも辞さない」という構えを見せている。
ことが政治問題であるだけにIRBからの強制力は何も無いが、彼らはニュージーランド政府に妥協を求めるスタンスでいる。しかしニュージーランド政府は、断乎とした態度を崩すことは無いように見うけられる。
諸外国が、軍事政権否定では一致しつつもトーンに違いがあるのは、やはり現在の軍事政権がそれ以前のガラセ政権に比べて遙かにフェアな政策を行っており、国内でも支持する声が大きいことにも拠っている。南アフリカのアパルトヘイトのような絶対的拒絶までは至っていないのも、そのためであろう。
去る6月4日、フィジーラグビー協会はワールドカップ1次登録メンバーを発表した。最終的には30人に絞る必要があるが、この時点では50人まで選出できる。しかし、彼らが発表した選手は43名であった。このうち30名は海外に籍を置く選手で、フィジー国内でプレーしている選手は13名である。この中に軍関係者が含まれているのかは、現時点では明らかにされていない。あるいはこのリミットとの差分7名が、軍属選手の枠なのかもしれない。
これを書き始めた時点では、あるいはこの回を書くまでに何らかの方向性が出ているのではないかとの甘い期待もあったのだが、今のところ進展は見られない。
果たしてフィジアンは、飛ぶのであろうか。
実はサッカーでも同様の問題はあった。2007年のFIFAワールドカップ予選で、フィジー代表ゴールキーパーに対して入国ビザがおりなかったのである。この時はFIFAの仲裁により、試合会場をフィジーに移すということになった。しかし、今回はワールドカップ本戦である。極端に言えば、フィジーが最後まで勝ち残れば決勝戦をもフィジーで行うことになる。論外である。
個人的にはフィジー側の妥協で決着するのではないかと感じているが、あるいはボイコットという事態も充分にあり得る。そうなった場合は、1987年の西サモアのようにリザーブ国が用意されているのだろうか。ちなみに、今回のワールドカップ予選で最終プレーオフ決勝まで残ったのはウルグアイで、オセアニア予選に限れば最後に権利を逃したのはパプアニューギニアである。
1995年のワールドカップでは、ラグビーワールドカップを通じて、奇跡的な民族の融和が成された。或いは、今回も全てが最良の方向にまわり、フィジーが真の多民族国家へと進むきっかけにならないだろうか。今は、そんな甘すぎる期待も持っていたいと思う。
ここまで乱文にお付き合いいただいた皆さんは、どういった結末を望まれるだろうか。
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-- Posted by nao58








