黒の怪物と白の両翼(1): 2分間の粉砕劇
1995年に南アフリカで行われた、第3回ワールドカップ。優勝したのは、開催国のスプリングボックスであった。表彰式は人種隔離政策撤廃後の民族融和を象徴するものとして、単なるスポーツイベントを超えた感動を世の人々に与えた。
しかし、ラグビーファンにこの大会の主役を尋ねれば、殆どの人が挙げるのは決勝で敗れたオールブラックスの怪物『ジョナ・ロムー』の名前であろう。
特に彼の名を世界に知らしめたのは、準決勝戦。その最初の2分間で、イングランドが誇る両翼はズタズタに粉砕された。
黒の怪物
ジョナ・ロムー。その名は、この大会を通じて世界中に知れ渡ることになる。それまでもラグビー界にスター選手は数多くいたが、ラグビーに興味の無い一般の人も名前を知る、真の「スーパースター」になったのは、恐らく彼が最初であった。
トンガ人の血を引きニュージーランドで生まれたジョナは、この時弱冠20歳。史上最年少でオールブラックスに選出され、わずか2戦のキャリアでワールドカップという大舞台で最強軍団の左ウイングを任されるようになっていた。
この大会が始まるまでの彼は、世界での評価は「実績は無いが勢いのある若手」程度であったという。既に7人制大会では大活躍を見せていたが、15人制はまた別物である。彼の恐るべきポテンシャルは、まだ一部の関係者のみが実感として知るだけであった。
身長196cm、体重115kgの巨体で100mを10秒台で走る彼の姿は、この大会での活躍を通じて「驚異」そして「脅威」として認識されてきていた。しかし実際に戦っていないチームは、未だ「どれほどの怪物なのか」が実感できていなかったと言えよう。彼がその真の破壊力を見せつけ、威名を揺ぎ無いものにするのは、このイングランド戦においてである。
白の両翼
一方、イングランドの両ウイングもまた、注目されていた。
左ウイングを担うのは既にベテランの域に入っているローリー・アンダーウッド。そして右ウイングには、彼の6つ年下の弟であるトニー・アンダーウッドがいた。イングランド代表に兄弟が同時に入るのは、史上初の快挙であった。(写真向かって左が兄ローリー、右がトニー)
イングランド歴代トップのトライをあげ、ライオンズにも2度選出されている兄ローリー。その彼をして、それまでの右ウイングから左サイドへのコンバートを余儀なくさせたのは、ひとえに弟トニーの実力によるものである。特にトニーの献身的なディフェンスは、時に怠慢との批判を受けるローリーに比べ定評があった。
左ウイングのジョナに相対するのは、右ウイングであるトニー・アンダーウッドであった。イングランドファンは、トニーがロムーをシャットアウトしてくれることを祈っていた。
2分間の粉砕劇
試合は、オールブラックスの若き司令塔、アンドリュー・マーテンスのキックで始まった。
ジョナの待つ左サイドへ高く上がったボールを、イングランドの伝説的キャプテン、ウィル・カーリングが落球する。すかさず走りこんだウォルター・リトルが拾い、フランク・バンスがそれをフォロー。慌てたイングランドが密集で再びノックオンを犯し、スクラムになった。
フォワード重量はイングランド866kgに対し、ニュージーランド863kgと、ほぼ互角である。バショップの入れたボールはニュージーランド側に綺麗に出て、大きく右へ。バンスから右サイドにパスが出るが、これが乱れてしまう。ジェフ・ウイルソンがこれをカヴァーするも、時間がかかったためディフェンスに捕まり、押し出されそうになる。するとこの若き天才は相手にボールをぶつけ、自軍ボールでのラインアウトを得る。
投げ入れるのは、オールブラックス史上最高のキャプテンと言われるショーン・フィッツパトリック。しかしボールはやはり乱れる。こぼれた球をイングランドのガスコットが蹴り、ようやくボールはニュージーランド陣営へ入っていく。しかしニュージーランドは戻りも速い。バショップがボールをキープすると、瞬時に攻撃へ転じる。
攻撃は、右へ、右へ。この日、イングランドがロムー対策で左サイドへのディフェンスを厚くしてくると踏んでいたニュージーランドは、右サイドからの攻撃を多くする戦略であった。しかし、布陣はフラットな形であり、突破できない。イングランド陣営10mライン付近で密集を作り、左方向へパス。更に22mライン手前あたりで、再度の密集から大きく左へ振った。ロングボールは伸びすぎ、左サイドの誰もいないスペースへと転がる。そこへ走りこんだのが、ロムーであった。
不規則に弾むボールを抑えるため、やや脚の落ちたロムーに、トニー・アンダーウッドが襲い掛かる。ところが、狙いを定めて低く入ったタックルは、空を切った。瞬時にトップスピードに入ったロムーの姿は、トニーの想像した場所には既にいなかったのだ。
更にウィル・カーリングのタックルも、同様に空を切る。いや、こちらは僅かに脚に触れ、ロムーはバランスを崩した。そこへフルバックのマイク・カットが立ち塞がる。斜めから飛び掛った前の2人と違い、マイクは正面に立っている。止められる。誰もがそう思ったが、なんとロムーは彼を跳ね飛ばし、踏みつけ、マイクの真上を乗り越えていったのだ。あまりの出来事に、この時ニュージーランドで実況をしていた看板アナウンサーのキース・クインは「ロムー!オー、オー、オー…」と、完全に言葉を失ってしまった。それほど異次元のプレーであった。
試合開始、わずか2分の出来事である。そして、ロムーがこの試合でボールに触ったのは、おそらくこれが最初であった。
Unstoppable
イングランドを代表する2人のバックスがスピードで置き去りにされ、86kgと大柄とは言えないものの、チームの最後尾を守ってきた護りの砦が、かつて見たことも無い形で完全粉砕されたのだ。彼らは、ある種のパニックに陥った。
マーテンスのコンバージョンは大きく外れ、ロブ・アンドリューのキックで試合は再開する。しかし、チームはまだショックから立ち直れていない。ニュージーランドボールの密集からリトルが球を受け、ギャップを突いてイングランド陣営左側深くまで走りこむ。フォローするオズボーンと2人、素晴らしいスピードでイングランドディフェンスを切り裂き一気に5mラインまでボールを持ち込むと、最後は駆け込んできたジョシュ・クロンフェルドが左隅にトライ。再開後ノーホイッスルで瞬く間に連続トライを奪ってしまった。
この時、左ウイングでありながら位置取りが悪くプレーに全く関わっていなかったロムーをマークしていたため、トニー・アンダーウッドの戻りが遅れている。最後にクロンフェルドへタックルに行ったのは、左サイドから長駆してきたローリーであった。ようやく戻ってきたトニーに出来たのは、タッチダウンを呆然と見つめることだけだった。
こうなると、展開は一方的になる。名キッカーであるロブ・アンドリューが易しいキックを繰り返し外せば、逆にニュージーランドはジンザン・ブルックの30m超ドロップゴールなどで差を広げる。25分過ぎ、再びロムーにボールが渡り、今度はロブのタックルがVTRを観るかのように空を切り 25-0 とされると、最早ジョナを止める術は無いという諦めがイングランドを覆った。
この後、ロムーは更に2トライを加え、イングランドに忘れられない悪夢を植えつける。特に最後のトライはローリーを片手で押しのけ、トニーをステップで置き去りにしたもの。イングランドが誇る両翼は、ニュージーランドの暴走機関車に完膚なきまでに叩き潰された。
様々な想いが交錯した、この歴史的試合は、何人かの選手にとってその運命を大きく変える岐路となった。
物語は、この日の朝に一度戻りたい。(第2話「その朝」に続く)
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-- Posted by nao58








