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地獄の女たち、蛮人退治

今週末から開始される女子ラグビーワールドカップにちなんだ、女子ラグビーに関する物語…ではなく、”The Ladies from Hell” と呼ばれた屈強な男達のストーリー。

時は1964年、フィジー代表は初の欧州遠征を行う。
それまで、彼らは専ら積年の宿敵であるトンガやサモア、あるいはオセアニアラグビーをリードするニュージーランドやオーストラリアといった近隣国との試合経験しかなく、北半球国との対戦自体が初めてであった。
裸足に伝統的なグレーのスカートという姿で空港に降り立った彼らを、欧州メディアは “The Ladies from Hell” と呼んだ。

元々この呼称は、第一次大戦中にキルトを履いていたスコットランド兵に驚いたドイツ軍がつけたニックネームである。決して蔑称というわけではなく、戦争という極めて男性的な状況に出現した(自分達の感覚からすれば)奇異な姿と、そこに潜む恐るべき戦闘力への畏怖が込められている。欧州のラグビーファンは、まさにそうした意味で、この呼び名が南方からの刺客たちに相応しいことを実感することになる。

吹き荒れるフィジー旋風

ヨーロッパ・ツアーの幕開けは、ブリッジエンドでの “Bridgend-Maesteg XV” との試合であった。人気の地元チームから選抜された選手達が、奇妙な格好をした南国のチームを粉砕することを楽しみに集まった10,000の観衆は、「地獄の女たち」のプレーぶりに目を瞠ることになる。軽やかなステップとパスまわしで、とにかくボールを繋ぐことに集中するフィジーの選手達は、むしろリラックスしているようにすら見えたという。これは、常に鼻から火を吹き、耳から湯気を立ち昇らせ、屈強な体躯を衝突させることこそがラグビーの醍醐味としていた英国のラグビーファンに衝撃を与えた。試合は5トライを奪ったフィジーが、ほぼダブルスコアとなる23-12で見事に勝利した。(*当時のトライは3点)

続く “Glamorgan & Monmouthshire” との試合は前半を3-15とリードされる苦しい展開ながら、後半に4トライ1ペナルティをあげて22-23と迫る惜敗。更に “Western Wales Counties” 戦では12-6で勝利と、その実力は疑うべくもなかった。

遂に迎えるカーディフでのウェールズ代表との試合、チケットは当然のごとく完売となった。開始5分でウェールズウイング Bebb がトライを決めるが、すぐにフィジープロップ Severo Walisolisoli が押し込んで同点。20分にウェールズが再びトライでリードするも、その7分後に Aca Soqosoqo のトライで追いつく均衡した試合となった。しかしウェールズはペナルティゴールと Bebb の2本目のトライで突き放し、8-14でリードして前半を終えた。後半、開始直後に Severo の2つ目のトライで1点差に追いすがれば、ウェールズがトライを返すといった応酬が繰り返される。フィジーの巨漢プロップ Severo の3つ目のトライなどで 22-25 の3点差で迎えた79分、ウェールズのプロップ Prothero が Severo に負けじとトライを押し込んだところで、試合は終わった。最終スコアは 22-28。ホームネイション初挑戦のフィジーは、堂々の健闘を果たした。

この後、ツアーは後半に入り、戦いの場はフランスへと移る。ここでは1勝3敗1分と、やや振るわずにフランス代表戦を迎えた。ツアー最終戦となるフランス代表との試合も、ラスト20分で3トライを許すなど 3-21 で完敗する。これはウェールズと対照的にランニングラグビーで対抗したフランスの戦術が良かったとする声、初の長期ツアーで肉体的・精神的に疲労がたまっていたとする声などがあったが、長く続く雨期にぬかるむフィールドにフィジー選手達が対応できなかったとする見方も有力であった。(この最終戦当日も土砂降りであった)

いずれにしろ、フィジーは3勝6敗1分という戦績以上のインパクトを残し、ツアーを成功のうちに終えた。

フィジー vs バーバリアンズ

フィジー代表はこの6年後、1970年に再び英国の地を訪れる。前回以上の長期ツアーを6勝7敗とし、イングランドU25に11-15、ウェールズU25に6-8と共に肉迫するなど、収穫を得た。しかし、このツアー最大のハイライトは6戦目のバーバリアンズ戦であろう。

この試合を “Playfair Rugby Annual” 誌は “This is what we had been waiting for!”(これこそが、我々が待ち望んでいたラグビーだ!) との見出しで、次のように伝えている。

後半に入り、素晴らしく華やかで、それでいて破壊的でもあるフィジアン・ラグビーが炸裂し、[29-9]という大勝利がもたらされた。
(中略)
フィジー代表は過去最高の英国チームを相手に7トライを稼ぎ出し、彼らをボロボロに崩壊させた。フィジーのフォワード陣はまるでスリークォーターバックのように走りまわり、ボールを繋いだ。一方でバックス陣は、彼らのフランカーも誇らしく思うほどのタックルで相手を潰していった。我々は「地獄の女たち」によってもたらされた、ラグビー史上最高の試合のひとつを英国で目撃したのだ。

この時のバーバリアンズは、その半数以上が翌年のブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズに選ばれることになる。そしてこのチームは、史上唯一ニュージーランド・オールブラックスに勝ち越したライオンズである。「過去最高の英国チーム」という表現も、あながち誇張ではなかった。

なお、この試合でフィジーのキャプテンを務めたNo.8の Sela Toga は、代表デビューがあの64年のウェールズ戦であった。それから6年間に渡り代表ジャージを背負い続けた Toga は、このツアーで初めてのキャプテンを任される。そして、ツアー終了と同時に代表を引退した。この生粋の “The Lady from Hell” は、このツアー中に父親になった。

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-- Posted by nao58

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